日本財団 図書館


実習が始まるのは三回生の春なのですが、実はその前に二回生の冬に、解剖について考える機会が与えられていました。英語の授業で、cadaver(御遺体)はどうやって得られるのか、どういう人達なのか、ということについて調べようというテーマが与えられたのです。当時、白菊会の存在や、御遺体は本人の生前の意志によって得られる、ということは聞いていましたが、詳しいことは知りませんでした。そこで僕達は白菊会の事務所を訪問して話をうかがい、自分達の知識には少し誤解があったこと、そして白菊会という団体が百パーセント篤志団体でしかも細部まで配慮がなされており、さらに御遺体提供者が誰からも誘われず百パーセントご自分の意志で入会されていることを知りました。この時、それまで漫然と医学部に通っていた自分に初めて、これほどまでに自分達が医者になるために尽くして下さる方々がおられる、そして自分にはその期待に応える使命がある、ということを思い知らされた気がします。

そして三回生の春、いよいよ実習が始まりました。初めて実習室に入ったときの風景、それはまさに別世界でした。しかしその時に自分に起こった感情は「怖れ」ではなく「畏れ」でした。何だか自分の頭が御遺体より高い所にあるのが失礼にさえ感じました。そして初めてメスを入れる瞬間、誰もがためらいましたが、入った瞬間、「違う自分」になった気がしました。自分はこの方達の意志に背いてはならない、そう思いました。

しかしながら人間とは恐ろしいもので、二時間もたてばそこには御遺体を実習体と割り

 

 

 

前ページ   目次へ   次ページ

 






日本財団図書館は、日本財団が運営しています。

  • 日本財団 THE NIPPON FOUNDATION