遺体からのメッセージを感じる
渡部 守
解剖実習を終えて、まずはほっとしている。二ヶ月という期間は今考えればあっという間だったが、実習を行っている最中は体力的にも精神的にもかなりきつかったからだ。ご遺体に対し失礼なことだけはできないという気持ち、ひとりの遺体から可能な限り多くのことを学びとらねばならないという気持ちが実習中に私をずっと緊張させ続けた。昼休みもろくにとらずご遺体と向き合うこともしばしばだった。毎回のようにぐったりと帰宅し、その日はもう何もする気にならなかった。けれども、だからこそ、私は何らの後悔も残していない。時間的な問題で観察しきれず残ってしまった部分はある、しかし私は可能な限り勉強し、礼を失することはなかったと信じているから、悔いはない。
大江健三郎も最も初期の短編「死者の奢り」の中に、医学部のホルマリン槽の中に浮かぶ遺体たちが、遺体運搬のアルバイト学生に対して語りかけるというくだりがある。作品中では遺体はおそらく、旧世代および戦前、あるいは過去の自分の象徴だと思われるが、彼ら死者たちは実に雄弁に主人公に語りかけるのである。自分のこと、若い学生のことについて、私が実際メスを入れたご遺体から、私はもちろん何かを言われたわけではない。