日本財団 図書館


御遺体の意志

勝部 敦史

解剖学実習を行い始めた当初は、亡くなられる前までは私たちと同じ人格を持っていた御遺体にメスを入れるという畏敬の念と、これまで書物でしか知ることができなかった人体の構造に直接目で見て手で触れることができるという向学心とが交錯した、複雑な心境が私を支配していた。しかし、実習が進んでくるとそうした心境も薄れ、決して解剖書どおりではない人体の不思議さ多様さに驚かされつつ毎日が過ぎていったように思う。

実習最後の納棺では、再び御遺体が私たちと同じ人間であることを思い出させてくれたと同時に、比較的短い実習時間で、献体をなされた方の意志に十分答えることができたであろうかと考えさせられた。そして、考えていくうちに献体をなされた方々に対しての当初の思い、私たちに解剖学実習という機会を提供してくださってありがとう、という感謝の思いが不十分であることに気づいた。

献体をなされた方の意志とは何か。私が出した結論はこうである。

解剖学実習がたんに医師になるための通過点ではなく、御遺体によって勉強させていただいたからこそ、私たちは医師という職業でその責任を社会に対して果たさなくてはならない義務がある。つまり、献体を自らの意志でなさった方々は、献体を通して社会に貢献しようとしているという結論である。

 

 

 

前ページ   目次へ   次ページ

 






日本財団図書館は、日本財団が運営しています。

  • 日本財団 THE NIPPON FOUNDATION