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肋骨を取り、いよいよ臓器摘出の段階となった。まず肺の摘出。癒着して原形をとどめていないご遺体もあったが、私達の班ではちゃんと観察することが出来た。感触はまるでスポンジのようであり、見た目は参考書のように桃色ではなく、黒い部分が何箇所もあった。「この方は生前タバコ。吸っていたのでしょうね。」先生に言うと、「都会で暮らしていたら吸ってなくてもこれくらい黒くなるよ。」と言われ、自分の肺もそうなりつつあるのかと思うと悲しくなった。心臓は正に握り拳くらいの大きさであった。それに比べ肝臓は人体最大の臓器だけありとても大きく、重かった。本物の臓器を初めて目にし、手に持ち、既に活動は停止してしまっていたとはいえ、私にとって全てが新鮮に感じ、感激した。消化器、生殖器も解剖し、脊髄も取り出して解剖した。最後に解剖したのが耳と目であった。耳の鼓膜は参考書通り本当に薄く、とても破れやすいものだった。眼球はしっかりと視神経によって固定されていた。そして眼窩のなかに脂肪のクッションにつつまれておさめられていた。眼球を取り出した班員が眼球を片手に、「この方の人生が全てこの眼球を通して写し出されたんだね。」と言った。小さな眼球がそんな時なんだかとても大きく感じられた。

解剖実習の最終日、私達はなるべく臓器等を元の位置にもどしてお棺の中に納めた。いわば私達にとって「教材」であったご遺体がその時「個人」となったように思えた。

私は献体して下さった方に感謝をすると同時にこの貴重な体験を無駄にしてはいけないと強く思った。

 

 

 

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