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はたして私はやり残していた。正直な話、実習をしている時には自分に余裕がなかった。実習中に漠然と生の素晴らしさを感じることはあっても、それを突き詰めて、「生の意義」、「人の尊厳」と言ったものについて考える時間を持つことはできなかった。それが私のやり残しである。

実習が終わってからでは遅いかもしれないけれど、それでもこれをやり残してはいけない、と思いつつ納棺を迎えた。ご遺体を棺にうつしながら、実習前には自分が何も知らなかったことを確認した。そしてそれと同時に、自分の中に実習の前とは確かに違う自分を認めていた。これが実習の際度々生の素晴らしさを実感したことや、人の体の造りのあまりの精巧さに対して、あの畏敬の念にも似た思いを抱いたことによるものなのは明らかであった。

「生の意義」や「人の尊厳」についてしたり顔で語ることは、やはりできない。それでも私は実習を通して、教科書的知識以外にも多くのことを学べたようである。そう思った時、私の中で解剖学実習の全てを終えることができた。

最後に、ご献体下さった方々に深甚の感謝を捧げるとともに、御冥福を心よりお祈りしたいと思う。

 

 

 

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