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終わりなき生命

波多野 瑞

その日の朝、私は花を求めて街にいた。白百合を手にして、少々当惑しながら、医学部へと向かった。

解剖実習の最終日、既に実習台の上には、柩が用意され、彼が家族のもとへ帰るのを待っていた。人としてこの世に生を受け、子として、夫として、父として生きたであろう彼が。旅の仕度を手伝いながら、私は感謝の気持ちに圧倒されていた。彼は私に医学の基礎教育を与えてくれたばかりか、再び医学の道に戻る気力をも与えてくれたのだ。

家系殆どが医師という家に生まれながらそれを拒否し、文学部へ進み、社会人となった私が、ようやく自分の天職に気づき、軌道修正を試みようとした時、それを支えてくれたのは母だった。そうして千葉大医学部に入学し落ち着いたと思った矢先に、母が発病した。

入院そして退院、化学療法は勝利をおさめたかに見えた。驚く程の回復、これでもう安心かと思った五年後、再発した。二月、全てが終わって待合室に来た私は、音も無く降りしきる雪を茫然と眺めていた。不思議にその時は涙は出なかった。

棺に花を収めながら、私は今朝の当惑の理由を考えていた。人間の死に対して、人は悲しみ嘆き、だがしかし年月は、それを薄れさせていく。生きとし生けるものには必ず終わりがある…。

 

 

 

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