日本財団 図書館


そんな現在の医学の中で解剖学実習の重要性は今も昔も変わらないものだと思います。医学の最先端を目標とするなら、解剖学実習は不必要かも知れません。精巧な人体模型で間に合うはずです。しかし私は実習からしか分からない、感じ得ないものを学んだと思います。それは、私達が学ぶ対象は私達自身だという事実です。私達が学ぶ対象は、血管や神経の走行・名称、レントゲンの見方などではありません。自分であり、父であり、母であり、友人なのです。

実習中、このご遺体は生前どんな人生を送られたのだろうと考えたことがあります。どんな子供時代を送り、青年となったのか。結婚はされていたのか。子供はいらっしゃるのか。さまざまな事で泣き、笑い、喜び、悲しまれたでしょう。そして亡くなり、献体された。それで何のつながりもない私が突然登場し、解剖する。人間が人間を解剖する。私にそんな権利があるのだろうか。

自分の同胞である人間の生命と向き合うことで、いかに医者という職業が神聖であり、また知識も道徳的にも多くのことを要求されているかと、教えられました。医者は多くの生命と向き合い、つきあわなければいけません。その生命というのは、自分の親や兄弟、友人など自分の愛している人達の生命と変わりのない非常に尊いものなのです。私は将来診察することになる患者さん、愛すべき自分の同胞に十分役立てるよう、全力で医学を学んでいかなければいけないと思います。

 

 

 

前ページ   目次へ   次ページ

 






日本財団図書館は、日本財団が運営しています。

  • 日本財団 THE NIPPON FOUNDATION