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解剖学実習を終えて

銀谷 翠

こんなに書きにくい感想文は初めてである。今まで3度の原稿を書き、どれも捨てた。書いているうちに、「違う、私が感じたのはこんなことではない。」と思ってしまうのだ。取り繕っても納得いかないのだから、本心を書こうと思う。

人の死は、いつでも重く苦しく、そして純粋に悲しい。受け止めることはできても、乗り越えるのは難しい。人の死に、今まで私は何度か向き合ってきたが、御遺体そのものに三ヶ月半もの長い間、向き合ったのは初めてである。このこと自体、以前の私ならば考えられなかったが、実習生として、私は御遺体をお借りし、解剖させていただいた。実習が開始して間もないうちは、忙しさにまぎれて解剖という行為の奥底に宿る深い意味は、全く分からなかった。だが、解剖に慣れていくに従って、とある奇妙な感覚が私の中で芽生え始めた。"御遺体は、人か否か?。"

白菊会の会員の方々や関係者の方々、そして私が御体をお借りした方には、たいへん申し訳ないと思うし、非常に失礼だと思う。しかし一度生じた奇妙な感覚は、最後の最後まで私に、そしておそらく実習生全員につきまとった。もちろん今もである。

 

 

 

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