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誌上特別インタビュー

世界のすべては、ひとつの家のように

――譚盾《マルコ・ポーロ》と音楽を語る――

 

――はじめに《マルコ・ポーロ》の台本作者であるポール・グリフィスとの共同作業の次第をおうかがいしたいと思います。グリフィス氏は《Myself and Marco Polo》という小説を上梓していますが、この小説とあなたの歌劇には何らかの関連性があるのでしょうか。

 

譚:まず、私が「マルコ・ポーロ」の粗筋と全体の構成を思いついたのはアムステルダムにいたときでした。率直に言えば、その時点ではすべてを自分で書き上げるつもりでいたのです。ちょうどその時、BBCのTVプロデューサー、マイケル・ニューマンとの雑談の中で「英国人の書いた本で《Myself and Marco Polo》というものがあるが、読んでみたらどうだ」と勧められました。一読して、これはすごい、まさに自分の書きたかったことだ、と思いました。そこですぐポール(グリフィス)に会いに、列車で一路オックスフォードに向ったわけです。

「ポール、台本を書いていただけませんか?」

 

すると彼は「誰ですか、あなたは?」

 

「作曲家です。これは以前に私が作った歌劇《九歌》(注)ですが」――そう言って彼にCDを渡しました。「もしそれが気に入られたなら、一緒に仕事をしましょう。お気に召さなかったのならば、すぐ帰ります」そして煙草を喫って外で待っていました。5分経つと、彼は家から出て来て「では話を進めましょう」。

 

彼の小説《Myself and Marco Polo》と歌劇《マルコ・ポーロ》の間には、当初からの関連は当然なかったことになりますが――いずれにせよ、ポールはとてもとても素晴らしい、というべきでしょうね。

 

――一部の歴史家たちは、長いことマルコ・ポーロの大旅行の真実性を疑い続けていました。あなたの歌劇はこの歴史的な疑問に対する興味深い見地を提供していると思います。歴史上のマルコ・ポーロについての、あなたのご意見をうかがいたいのですが。

 

譚:もしマルコ・ポーロの旅が虚構だとすれば、(その旅を)歌劇の題材とすることはいっそう刺激的なことでしょう。というのは、マルコ・ポーロをテーマに書こうとする衝動や情熱は、決して人類学的理解や視点からの要求に根ざしてはいるのではなく、彼に対して我々が抱いているもっと文化的心理学的な視点、人間本来の解放性や精神世界の旅に根ざしているからです。今日の視点や純粋に精神的な視点から見て、マルコ・ポーロが刺激的な存在である理由はそこにあるのです。

 

――劇中ではマルコ・ポーロは“存在”としてのマルコと“記憶”としてのポーロに分けられていますが、これは主人公を二分することによって夢幻と現実(または精神と物質)の両世界の照応を表そうとしているものと理解しています。事実、最後の〈時空之書:秋〉では、「人か、胡蝶か(a man, a butterfly)」という象徴的な言葉があります。これはテクストで明言されていませんが、荘子の思想に由来する言葉ですね。“夢幻”と“現実”の照応というテーマについてはいかがでしょうか?

 

譚:そう、あれは確かに荘子に由来した言葉です。その他にも、シェークスピア、ダンテ、マーラー、李白といった“影”たちの台詞がありますが、これら歴史上の偉大な知性は、文化や夢を通して私達の“旅”を何らかの形で反映しています。そうした理由で《マルコ・ポーロ》の“精神の旅”の系列を進めるにあたってこれらの“影”を用いたのです。

 

――現実世界の“存在”を表す登場人物として、マルコとフビライ・ハーンが登場しますが、一人は西洋から、もう一人は東洋からの旅人と言えます。またマーラーと李白の間にも対話が交わされますが、それらの場面には異なる文化の出会いというものが見られます。そうした“西洋と東洋の出会いと交感”について、あなたの考えをお聞かせいただけませんか?

 

譚:西洋と東洋の出会いには二つに大きな波があります。ひとつはマルコ・ポーロの時代からあるものですが、西洋が必要とするあらゆる物を東洋から得る、またはその逆といった、物質的観点から始まったものです

もう一つは今日私達が直面している観点です、現代のコミュニケーション技術のおかげで、東西の発展はさらに洗練されたものとなりました。それはグローバルな観点による概念、また総体的展望から常に自分自身を眺めることによる概念といえます。ジョン・ケージや武満徹が私に常に語っていたように「世界のすべてが、私達のひとつの家のようになりつつある」のです。

 

――京劇からモンゴルの倍音唱法(ホーミー)に至るまで、この歌劇では世界中のさまざまな音楽のスタイルが登場しますが、多くの民族楽器の登場は、日本の聴衆にも興味深いものと思います。

 

 

 

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