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追跡権行使の要件を欠いた不当な追跡・職務執行に対しては、被追跡船舶の乗組員らから妨害行為がなされた場合でも、公務執行妨害罪は成立しないと解すべきである。公務執行妨害罪の成立要件である「職務行為の適法性」が否定されるからである15。接続水域や排他的経済水域における公務員の職務の執行は特定事項に係るものに限られるので、特定事項に係わらない職務の執行の場合にも、公務執行妨害罪は成立しない。なお、職務行為の適法性につき何れの時点をもって判断するかについては、職務執行時における具体的状況に照らした客観的判断によるべきであるとする行為時基準説と、裁判時における事後審査によるべきであるとする裁判時基準説の対立があり、通説・判例は行為時基準説に立つが、職務執行時に合理的な理由に基づき、しかも所定の手続き的要件を充たして行われた追跡権の行使を保護する必要があることを重視すれば、同説に依拠することになろう。

追跡権を行使するにあたっては、外国船舶が自国の法令に違反したと信じるに足りる十分な理由があるときが要件とされているが、ここにいう信じるに足りる十分な理由とは、執行側の主観的判断では不充分で、合理的理由が必要であるが、犯罪の証拠までは必要なく、合理的な疑いで足り、逮捕の要件である相当な理由ほどの基準は要求されていないとされている16。従って、現行犯等逮捕の場合は勿論、不審事由のある船舶の場合もこの要件を充たすことになろうが、立入検査を忌避して単に逃亡した場合の全てがこの要件を充足するかについては争いがあろう。

(3) その他の問題

上記7]の事例は、接続水域が未設定の時代に行われた追跡権の行使の事例であった。

15 大塚裕史「我が国の排他的経済水域における漁業取締り」海上保安協会編『新海洋法の展開と海上保安第1号』(1997)69頁。

16 日本海洋協会編『新海洋法条約の締結に伴う国内法制の研究第3号』(1984)〔国司彰男〕99頁。なお、客観的に合理的な判断に関連して、さらに安冨潔「海上における犯罪の取締り」法学研究71巻6号(1998)14頁も参照。

 

 

 

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