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しかし、本来ならば、立入検査は任意のもので9、まずは、法令の励行のためにする立入検査の場合と、当初から犯罪捜査の目的で追跡、強制的に停船を行い得る場合とは厳格に区別しておく必要があるであろう。

つぎに、(e)の場合に、現行法上も問題になるのは、新領海法第3条及び第5条、EEZ法第3条第1項第4号に規定する「公務員の職務の執行を妨げる行為については我が国の法令(罰則を含む。)を適用する」という文言の解釈である。この立法形式に対しては、対象となる行為は公務員の職務の執行を妨げる行為と特定されたものの、当該行為を処罰するための刑罰法規を特定せずに包括的にあいまいな規定の仕方がなされた点が罪刑法定主義から導かれる明確性の原則に抵触するものであると、つとに批判がなされているところである10。このような立法形式が採られたため、刑法95条の公務執行妨害罪及び漁業法や関税法等の各種取締法上の検査妨害罪がこれに該当することには争いはないが、妨害行為により他の構成要件によって保護されている法益をも侵害し、よって他の構成要件にも触れる違反を行った場合に、当該犯罪の成立も認め得るかについては争いが生じてしまったが、6]判例によれば、新領海法第3条の我が国の法令の中には傷害罪は当然含まれるものとして扱われている。同条の解釈につき、職務を妨げる効果を有する行為であれば、被拘禁者奪取罪、逃走援助罪、犯人隠避罪、証拠隠滅罪、窃盗罪、器物損壊罪の成立まで広げて可能な限り処罰するという立場11 や、あるいは罪刑法定主義の観点からこのような広い解釈を疑問として、「現に行われている具体的な職務の執行を妨げる行為によって成立する罪を定める規定」として、具体的職務行為に対する妨害行為が同時に他の罪に当たる場合に限ってその適用を肯定する立場12 からも、傷害罪や殺人罪、あるいは艦船往来危険罪の成立は肯定し得ることになるが、同規定の保護法益は本来的には公務員の円滑な職務の執行という国家的法益であるから、その限度で刑罰法規を適用すべきであると解すべきであるとの主張が妥当であろう13

9 田中・前掲(注8) 712頁以下。立入検査と犯罪捜査の区別に関しては、山下隆之「船舶に対する立入検査と捜査(1)(2)」捜査研究558号(1998)33頁以下、同559号(1998)63頁以下、同560号(1998)59頁以下参照。

10 田中・前掲(注1)「追跡権行使と海上保安官の職務執行に対する妨害」15頁以下。

11 立法者意思がこれに当たるようである。第136回国会衆議院運輸委員会議録第11号(1996)5頁。島谷邦博「国連海洋法条約関連法(1)」時の法令1531号(1996)11頁、15頁。

12 田中・前掲(注1)「追跡権行使と海上保安官の職務執行に対する妨害」17頁。

13 大塚裕史「公務執行を妨げる行為と刑法の域外適用」『西原春夫先生古稀祝賀論文集第3巻』(1998)447頁。なお、大塚・前掲449頁では、公務員の生命・身体に対する罪を処罰する必要性を解決するためには解釈によるのではなく、公務執行妨害の結果当該公務員が傷害を負ったり死亡したりした場合を念頭に置いた結果的加重犯規定を新たに立法すべきであるとされる。

 

 

 

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