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が、同時に犯罪容疑の合理的根拠がある臨検であっても、結果的に容疑に根拠がなく、外国船舶が容疑犯罪を犯していなかった場合には、本条がその臨検に伴う損害に対して補償を要求していることになる。このような規定が設けられた趣旨は、国際的な利益を確保するための臨検の必要性と被臨検船舶の航行の自由の確保のバランスをこのような形で図ったものと言わなければならない。条約は、臨検の権利(right of visit)という表現を用いてはいるが、それは国際法上の権利として認められたというよりは、臨検を実施する国のリスクにおいて公海上の臨検が許容されているというべきもののように思われる。

いいかえれば、公海上における外国船舶の臨検を許容しているが、その許容された臨検によって生じる損失・損害までも被臨検船舶の側に負担させるべきものではないとの判断が加えられている。第110条(3)は、海賊船舶の拿捕の場合と異なり、被臨検船舶に臨検によって生じた損失・損害を臨検国が補償するという規定を置いているが、国が船舶に対して補償を与えるという枠組みも、この趣旨で理解すべきものであろう。

(4) 追跡権

(イ) 海上の犯罪や違反に対して、慣習法が沿岸国の執行権限を認めるものに、追跡権がある。内水及び領海における国内法令の違反に対して、沿岸国は執行管轄権を行使してその処罰を行なうなど、国内法令の実効性を確保しようとする。しかし、領水内だけで執行措置が完結するとは限らず、違反船が領水外に逃走する場合には、沿岸国はこれを追跡することができる。この追跡権は、公海条約第23条及びこれを引き継いだ国連海洋法条約第111条に条文化されている。

「沿岸国の権限のある当局は、外国船舶が自国の法令に違反したと信ずるに足りる十分な理由(good reason to believe)があるときは、当該外国船舶の追跡を行なうことができる。」追跡は当初、領水から行われることが想定されていたが、1958年の第一次国連海洋法会議において「接続水域」からの追跡が盛り込まれ、更に国連海洋法条約では、「群島水域」に加え、「EEZ」及び「大陸棚」からの追跡も条文に加えられている(国連海洋法条約第111条(1)及び(2))。

 

 

 

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