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この規定は、公海上の臨検が認められる容疑犯罪を特定するとともに、臨検は当該犯罪の合理的根拠がある場合にのみ許容されるという趣旨である。

(ニ) ところが、公海上の臨検に伴う臨検国の責任について、国連海洋法条約第110条(3)は、「疑いに根拠がないことが証明され、かつ、臨検を受けた外国船舶が疑いを正当とするいかなる行為も行っていなかった(the suspicions prove to be unfounded and provided that the ship boarded has not committed any act justifying them)場合には、当該外国船舶は、被った損失又は損害に対する補償を受ける」と規定した。この規定は、前述の海賊の違法な拿捕に伴う国家責任の規定と文言上異っており(10)、その意味をめぐっては、いくつかの見解が示されている。

(ホ) 一つは、「疑いに根拠がないことが証明された場合」の文言は、犯罪容疑に根拠がないことが判明した場合を意味するもので、十分な根拠なしに臨検を行ったと言うのと同義であると解するものである。そうだとすれば、本条の臨検に伴う責任の規定は、文言上は違っていても海賊の拿捕に伴う第106条に言う責任の要件と同一である(11)。十分な根拠を欠いた臨検権及び拿捕権の行使は権利の濫用(abuse of right)であって、国家責任を負うという趣旨を示したことになる(12)

(ヘ) もう一つの見解は、責任について、第106条の文言と第110条(3)の文言の相違に着目する。第110条(3)の「疑いに根拠がないことが証明された場合」とは、臨検が行われるときには犯罪容疑についての合理的根拠があったとしても、後にそのような根拠がないことが証明された場合である。このように解するならば、第110条(3)の規定は、犯罪容疑について合理的根拠なしに臨検する場合の責任を定めたものではない。第110条(1)は公海上における臨検を正当化するための要件として、臨検時に犯罪容疑についての合理的根拠を要求しているが、第110条(3)が想定する内容は、むしろ、その要件を満たしていた場合なのであって、その臨検は適法な措置と評価されるべきものと解されるのである(13)

このように解するならば、公海上の臨検は、犯罪容疑の合理的根拠もなしに行われた場合には違法な臨検として本来の国家責任を負うこととなる

 

 

 

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