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という要件を欠いていおり、よって公海自由の原則を謳った同条約に違反した違法な逮捕であって、国際法規の遵守を規定した憲法98条2項および法の適正手続きを保障した憲法第31条に違反するので、本件控訴は刑事訴訟法338条4号により判決をもって公訴棄却されるべきであると主張する。

よって右につき判断するに本件逮捕に際し、フェニックス号を追尾していた巡視艇「T」が、領海内において停船信号である「K旗(現在は〔L〕旗である;筆者注)」を掲げたり、拡声器等で停船を命じたとの事実は、追跡権にもとづく逮捕の要件中最も重要なものというべきこの点につき、出発から逮捕地点迄の追跡の状況を明らかにするため作成された前掲実況見聞調書に何らの記載がない。

領海2.7乃至2.8マイルの地点でK旗を掲げる等停船命令を発した旨の海上保安官の各証言はその根拠となる確実な書面上の記録を欠く上、後記逮捕の経緯からみて結局疑わしいものと断ぜらるを得ないことなどから考え、これを認めがたい。とすると、本件逮捕は追跡権行使の要件を欠く違法の疑いがあるものといわねばならない。

反面、本件逮捕に際しては、「フェニックス号」出港当初から長崎海上保安部の二隻の巡視艇「H」「T」がこれを追尾しながら、領海内においては単に被告人Yにつき、同女が有効な旅券の発給を受けずに出国すれば不法出国になる故直ちに航行を中止し、適式な手続きを経て出国するよう再三再四勧告を繰り返すにとどめ、領海を出るや犯罪が成立したものとして直にこれを逮捕しているのであって、以上の経緯からみれば、当時被告人Yが旅券に出国の証印を受けずに出国を企てていたことは明白であったから、「フェニックス号」が出港すると同時に、「出国を企てた」との犯罪容疑により領海内で停船命令を発しこれを逮捕できたにもかかわらず、本件逮捕に当たった官憲は慎重を期してこの挙にいでず、前記の通り領海内では単に勧告を繰りかえすのみで領海外に出た後始めて「出国した」との犯罪容疑により逮捕に着手したために、結果的には却って前記のような違法の疑いある措置に出ざるを得なかったとみられるのであって、かかる経緯、状況下になされた本件逮捕が公海自由の原則を蹂躙する程明白な違法不当なものであるとまでは断じ難い。

 

 

 

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