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2. 実体法の立法管轄の適用範囲

 

(1) 麻薬・向精神薬の不正取り引き

(イ) 国外犯の処罰 ここでは麻薬・向精神薬の海上不正取り引きと集団密航の場合に関して、わが国の法制における実体法の立法管轄の適用範囲がどのように定められているかを簡単に概観しておく。まず規制薬物の国際不正取り引き防止に関し国際協力に関連する国内の規制法としては、大麻取締法、阿片取締法、覚醒剤取締法、麻薬及び向精神薬取締法のいわゆる薬物4法がある。これらは国連麻薬新条約(1988年)(15)の批准に備えて1991年に改正され、それぞれの罰則規定の中に新たに国外犯規定が設けられた。すなわち規制薬物の製造、輸出入、譲渡、譲り受け、所持等の罪について「刑法2条の例に従う」ものとされた。刑法2条は外国人による国外犯について、主として内国法秩序の保護と安全を確保する保護主義の観点から刑法の適用を図るものであるが、改正4法が「刑法2条の例に従う」としているのは、必ずしも内国法秩序の安全に直接危険を及ぼすのでない行為についてもわが国法令の規制の管轄権を拡張して適用するものであり、その意味で、「同規定の法的効果(保護主義)をかりて」(16)国際協力の観点から普遍的管轄権(世界主義)を設定したものといえる。
さらに麻薬及び向精神薬取締法では、外国輸入罪や外国輸出罪が設けられて、外国に輸入し又は外国に輸出する行為をも処罰の対象としている。しかしこれらは、国内実体法上、わが国法令を適用して処罰することを積極的にねらったものというよりも、世界主義にもとづく国外犯処罰規定一般の場合(17)にそうであるように、当該犯罪に直接関係する国の実効的な処罰を確保するために犯人の身柄を引き渡す前提として整備が行われたという性格が強い。実際の裁判例においても、外国に輸出する目的で一時的にわが国に薬物が持ち込まれようとした場合に、わが国への「輸入罪」の未遂で処罰すればよく、「外国輸出罪」の既遂で処罰する必要はないと考えているようである(18)。なお、これら薬物取締4法が定める犯罪の内、輸入罪についてはさらに、一般に予備罪の処罰が規定されており、実行着手前の準備行為をも処罰の対象としているから、たとえ輸入罪について実行着手の時点が陸地に近づけて解釈される場合でも、国内での処罰に障害は生じない。こうしたことから、海上における薬物の不正取り引きに関する実体法上の問題は、一応取り除かれていることになる。

 

 

 

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