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ところで、公海上における追跡権行使に際しての公務執行妨害の形態としては、1]追跡中の巡視船に対する違反外国船舶からの妨害行為、2]違反外国船舶に移乗した海上保安官に対する暴力行為、3]拿捕後、連行中における(外国船舶に派遣された)海上保安官に対する暴力行為の三つのケースが考えられる。

1]の場合、つまり、追跡権に基づき公海上を追跡中の巡視船内の公務員に対して、被追跡船内から暴行・脅迫が行われた場合、国内犯としての公務執行妨害罪が成立するか否かが問題となる。下級審判例ではあるが、韓国漁船大光号公務執行妨害事件判決(15)や韓国漁船第二クムヘ号公務執行妨害事件判決(16)はこれを肯定している。後者の判決の場合、公海上の外国船舶上から行われた金具や乾電池の投擲という公務員に対する有形力の行使を日本船舶内の公務員に対する暴行と認定している。「暴行」という構成要件該当事実(の一部)が日本船舶内に存在しているので、公務執行妨害罪の国内犯が成立すると解される。

これに対し、2]、3]の場合、つまり、公務員が公海上で被疑外国船に乗り移り職務を執行したところ、これに対して暴行・脅迫が加えられた場合について、公務執行妨害罪の成立を認めた裁判例はこれまで存在しなかった。例えば、前述の第二クムヘ号事件でも、被疑者を現行犯逮捕しようとして第二クムヘ号に最初に移乗した四名の海上保安官が、同船内で乗組員に取り囲まれ、手カギ、鉄棒等による集団暴行により、全治一週間程度の傷害を負い、捜査にあたった門司海上保安部がこの点を公務執行妨害罪で送致したが、検察官は起訴猶予とした。

たしかに、公海上の外国船内は明らかに国外であるから、そこでなされた公務執行妨害行為は国外犯であり、国外犯処罰規定が存在しなければ我が国の刑法を適用することはできない。しかし、正当な継続追跡権に基づいて追跡した公務員の逮捕行為が公海上という理由だけで一切保護されないのも均衡を失する。そこで、この問題を克服するために、現行刑法の解釈論としていくつかの試みが示されてきたが、そのいずれも成功したとは言い難い状況にあった(17)

 

 

 

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