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したがって、本件海域に我が国の執行・裁判管轄権を認めた本判決及び第909テドン号事件控訴審判決は基本的に妥当であると考える。

(3) 外規法違反罪の「違法性」と「責任」

漁業水域の外側であっても新領海内であれば外規法が適用されると考える以上、被告人Xの漁業行為は外規法3条の罪の客観的構成要件に該当する違法な行為である。しかし、客観的に違法な行為であっても犯罪が成立するためには主観的に行為者に責任が問えなければならない。

ところで、外規法の構成要件にいう「本邦の水域」が、旧日韓漁業協定の「漁業水域」と重なるか否かの判断には、漁業水域という概念をめぐる国際会議の動向や国家管轄権についての専門的知識が必要であり、テドン号事件に関して一審判決が二審で破棄されるなど法律専門家である裁判官の間でさえも見解が分かれるほどの問題であることを考慮すると、法律の専門家ではない一般人が、自己の行為が客観的に違法であるにもかかわらず適法であると誤信することも十分考えられる。

行為者にこのような「違法性の錯誤」がある場合の法的処理については見解が分かれているが、今日では、判例上、下級審を中心に、違法性の錯誤に陥ったことについて「相当の理由」があるとき、すなわち、違法性を意識する可能性がないときには、行為者を(責任が欠けるという理由で)処罰しないとする立場が一般化しつつあり、最高裁もそのような方向に好意的であると解されおり、学説も同様の結論をとるものが多数である(11)

本件において、被告人に「違法性の錯誤」が存在したのか否かは関係資料からは必ずしも明らかではないが、行為者にとって自己の行為が法的に許されると思ったことに無理からぬ事情が存在するような場合には行為者を非難することは妥当ではなく、刑事責任を否定すべき場合もありうるように思われる。特に、文化的背景を異にする外国人に対し、我が国の法を知らなかったことを根拠に一律刑事責任を問うことは、時には不合理な場合もありうることを考慮し、違法性の意識の可能性の存否については十分な配慮をすべきであろう(12)

 

 

 

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