日本財団 図書館


そんな中で、私も着任してODAをやれということなんで、ヴィエトナムの社会開発を何とかしなきゃいけないと、これはいっぱいやることがありそうだと。出発前にJTCAさんに、壮行会に出ていただきまして、いっぱいやることがありますから頑張れと言って出てきたんですけれども、始めてみると、またまたこれはなかなか大変だなというところにぶち当たりました。レジュメでは7ページ以降になりますけれども、まだ、私、着任して、いろいろこれから何とかしなきゃいけないんだろうなということがあったんですが、最初のころ、なかなかまともにあまり相手にしてもらえなかったですね。当時、ヴィエトナムがブームで、ヴィエトナムの人も忙しかったということもあるかと思うんですけれども、よく言われたのが、日本からたくさん調査団が来るけれども、何もしないじゃないかと。君たちは一体何をやっているんだと調査ばっかりして何にもしない日本だというふうに言われちゃって、非常に苦労しました。特に、JICAの初代の所長さんが来られたので、まずこのJICAをセールスしないといけない、ということで、行くんですが、非常に相手にしてもらえないんですね。それで、OECFの人が行くと、これは非常に歓迎してくれるんですね。OECFはお金を持っているということをみんなヴィエトナム人も知っていて、非常に歓迎してくれるんですが、JICAの技術協力が大事だなんて言ったって全然だめです。要は、日本は早く金を出せということなんですね。調査ばっかりやっとらんで、早く金を出してくれということであります。例えば、まだ当時ほとんど長期専門家なんかはいなくて、いろいろこれからやっていく上で、長期専門家を入れたらどうかということをヴィエトナム政府に言ったら、長期専門家なんか要らないんだと。早くプロジェクトをやれということで、そもそも、大体テクニカルアシスタントはもうヴィエトナムはいっぱい受けているし、世銀とか、UNDPとか、イギリス、フランスからいっぱい専門家も来ているというお話です。

あるコンサルタントの人から、池田さん、やっぱりどこか研究機関に行ったらいいよと言われて、交通運輸省のある研究所に行ったわけです。そこに行ったら、確かに、廊下を歩くと扉扉にいろいろな国の国旗が張ってあるんですね。それで、何かラボごと買い取られちゃっているような感じで、いろいろ聞いていくと、研究所の予算というのが、政府から非常に低く抑えられていて、もう出ないと。だから研究所が生き残っていくためには、外国のコンサルタントとか、あるいはどこかと組んで、コンサルタントと一緒に仕事をしないとお金が手に入らない。で、みんな各研究室が、いろいろな国のコンサルタントと組んでやった。だからドアのところに張ってあるんですね。三色旗があったり、十字マークが張ってあったりとか、いろいろなマークが張ってあって、そこに行くと、青い目をしたやつらがやたらのさばっていて、日本なんかは、金を出さないからだめだよという感じで、あまり相手にしてもらえない。技術協力担当としては非常に困っちゃって、一体どうしたらこの国は技術協力ができるのだろうかと。技術協力は要らないんじゃないか、もうやめちゃおうかと思ったぐらいだったです。

ただ、どうも研究所が、例えば円借款をやったりすると、その研究所のある部局が、実際に例えば調査とか、設計のエンジニアリングワークをやるわけです。だんだんわかってきたのは、このまま行くと、日本の円借款をこれからがんがん増やしても、それを使うのは、全部そういう国旗の入った研究室が使うのかなと、だから、日本の企業は取れないんじゃないかと。

実際にそうなりかかったこともあって、非常に危機感を持ちました。要するに日本のほうは、どんどん金を出すんだけれども、使うのはヴィエトナム人と第三国のヨーロッパ人が使っちゃう。これでは全然、援助をしても、日本人が全然そこに関与できないわけだし、一体国民の税金を使って、これは何になっちゃうんだろうかということで、非常に危機感を持ちました。

そうこうしているうちに、またヴィエトナムの人といろいろ話していくと、とにかく日本は投資をしないといかん、韓国はこれだけやっているとか、台湾はこれだけやっていると、日本は第5位だよと。韓国が1位で、台湾が2位だと、シンガポールが何位だと。日本は、こんなに経済力があるのになぜ第5位なんだと。要するに早く投資をしないかということを言われまして、それで、そうかと、これはやっぱり投資をすればいいのかなと思いました。

そこで、そうかなと思って、今度は日系企業で投資をしているところに足を運んで、話を聞いてみたわけです。そうすると、またこれが非常に苦労していらっしゃるんですね。例えばある自動車メーカーさんに行くと、所長さんが出てきて、この国は物を運ぶという社会ではございませんとおっしゃる。何でですかと聞いたら、自動車の組み立てをするために、日本から部品を送らなきゃいけないんだけども、安定して輸送ができない。だから、工場の中にストックヤードを大きくつくって、そこに必ず何カ月分かの部品をつくっておかなきゃいけない。これを処理するだけでも非常に人手とコストがかかっちゃう。

それから今度は完成した車をどこかに持っていって売ろうかと。ハノイに工場があるとすると、マーケットは南のほうになるんですね。人口はこっちのほうが多いんです。ハノイに工場をつくると、ここからずうっと運ばなきゃいけない。日本だったら、これは間違いなく船ですっと運んで、大量にパッと輸送するというシステムになるんでしょうけど、まずこれができない。どうしてですかと驚いて聞いたら、この国には、内航のライナー船がない。だから、港がハイフォンというところにあって、ハノイはここなんですね、これが100キロぐらいある。

 

 

 

前ページ   目次へ   次ページ

 






日本財団図書館は、日本財団が運営しています。

  • 日本財団 THE NIPPON FOUNDATION