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海洋ガスハイドレートの大量分解による

暁新世末期底生有孔虫類の絶滅

 

松本良

東京大学地質学学科

 

大量絶滅は、地球の歴史上で繰り返されている。

例えば、後期デボン紀、二畳紀-三畳紀境界、そして白亜紀-第三紀境界に起こっている。5550万年ほど前(暁新世末期)には、底生有孔虫類の中層水域(500-1000m)に於ける大規模な絶滅(25%)が、短期間(<〜5000年)で起こっている。同位体分析により、絶滅の前に劇的な海洋の温暖化(ΔT=〜6℃)(e.g., Kennet and Scott, 1991)と、δ13C(Δ=-2〜-4‰)の急激かつ顕著な負のシフトが起こっていることが判明した。これら同位体の手がかりは、暁新世末期の突然の絶滅のしくみを解き明かす鍵を提供してくれる。

 

ガスハイドレートは氷のような固体化合物で、水とメタンから成る。最近の地球物理学調査と深海掘削は、ガスハイドレートが大陸棚や堆積斜面に広く分布していることを明らかにした。ガスハイドレートに取り込まれている炭素の総量は1019グラム(10,000Gt)と見積もられており、これは現行の炭化水素資源(石炭、石油、天然ガス)の2倍、大気中二酸化炭素(CO2)の20倍に匹敵する。

 

ガスハイドレートは、低温高圧下で安定しており、海洋堆積物内で形成蓄積され、温度の上昇および/もしくは圧力の低下により容易に分離する。したがって地球温暖化は、海洋ガスハイドレートの大量分離を引き起こし、大気・海洋システムへのメタンの急激な大量放出を招くことになる。さらに、メタンによる温室効果により地球温暖化が加速され、酸素欠乏もしくは無酸素状態が地球上を取り巻くことになる。

 

ガスハイドレート内のメタンは、δ13C内で-50から-70‰PDBの幅を持つ13Cにより大幅に消耗される。海洋のTDCがかつて+2‰PDBで、海洋炭素の総量が35,000Gtであると仮定すると、海洋ガスハイドレートの20%の分離により、‐2から-4‰に及ぶδ13Cの強力な負のシフトを招くことになる。暁新世末期の底生有孔虫類の絶滅は、海洋ガスハイドレート分解によってもたらされた、記録に残る最も鮮明な例のひとつである。

 

 

 

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