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北極圏掘削(Nansen Arctic Drilling Program)
小泉格
北海道大学・大学院理学研究科・教授
北極海は、地球科学の中で最後に残された海洋科学的に未調査のフィールドである。まだ解決されていない「北極海がトリガーとなっている地球規模の気候変動の変動史」を解読するためには、深海掘削計画(DSDP,ODP)が実証したように、まず北極海をボーリングして、連続した乱れていない海底堆積物をコアとして採取することが必須である。厚い海氷で覆われた北極海をボーリングするためには、様々な技術的問題を解決しなければならないが、海洋科学技術センターにおいて建造の見通しがついた「ライザー掘削技術を導入した地球深部探査船」が、NAD国際共同プログラムの主役となって積年の課題を解決する目処をつけて欲しい。
近年、極域海氷の時空間的変動が、地球規模の気候に重要な役割を果たしていることが解りつつあり、海氷の実体調査と過去から現在への歴史的復元の重要性が指摘されている。北極海の冬には全面が凍り海氷となって大気との直接的接触がなくなる。夏にはその周辺部が融けて海水面が広がるため日射を吸収して温かくなる。毎年繰り返される冬の拡大と夏の後退という海氷全体の変動過程が海氷城内郡で変動するのみならず、年によっても異なっている。
北極海に流入する水は、(1)グリーンランド海を経てフラム海峡から流入する北大西洋起源の高温・高塩分水は、水深500〜1,000m層に広がっている、(2)ベーリング海峡から流入する北太平洋起源の寒冷水は、50〜100m層を形成している。(3)オビ、レナ、エニセイ、マッケンジーなどの大河を経由して流入する融雪水起源の陸水は、表層低塩分水となる。水深100〜500mでは表層水における海氷形成に伴って排出されたブラインが大陸棚から流入し、さらに下層の高温・高塩分水から湧昇した水が混合している。
北極海は広く浅い大陸棚をもつ深い窪地である。グリーンランドと直交している中心の深海平原には3つの平行した海嶺が走り、4つの海盆に分離している。これらの海底地形に現れた構造地質学的変動史を、周辺陸域に分布している岩石類と合わせて解明することが必要である。
北極海掘削コアによる海洋科学の研究目的として、(1)北極海における海洋水の50%が世界中の海洋水と連動しているので、北極海とノルウェー・グリーンランド海との深層水・表層水の交換の歴史とタイミングを高分解能で解析すること、(2)漂流岩屑(IRD)の流入が南極では3,600万年前までさかのぼるが、北極海では250万年前までである。この初出現の時間的違いの原因を解決すること、(3)熱塩循環の時空間的変動を構造運動によるシル深度と関連させて復元すること、(4)地磁気異常13の時期(3,500万年前)に見られるような-南極大陸からオーストラリアの分離、ユーラシアプレートと北米プレートとの間の回転極の変化、北極海フレーム海峡の開口など-構造運動における一致の意義付けと環境変動への影響を評価すること、(5)グリーンランドの氷床コアや深海底の堆積物コアに見られた迅速で劇的な環境変化を北極海の海底堆積物コアから検出すること、カタストロフィクな短時間変動が一般的な変動傾向を示す長期間変動にどうようにプリントされているかを分離すること、などがある。