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なぜ地球を掘るのか?

 

平朝彦

東京大学海洋研究所

 

20世紀は科学技術の爆発の世紀であったと言われる。私たちは、今や、100億年におよぶ宇宙の歴史とクオークから宇宙の果てまでの時空間の中で、自らの存在を考えることができるようになった。そして21世紀には、自らの生存の指針について、さらに深く思索することが求められるであろう。このとき、最も重要なことの一つは、我々の生きている舞台である地球について深く知るということである。

学術研究の目的で地球を掘削する意義としては、大きく次の3つをあげることができる。

 

(1) 地層(あるいは氷)や岩石に残された地球活動の記録を掘り出して、これを解読し地球や生物の歴史を復元する。

(2) 地下の世界に直接到達し、そこで起きている諸現象について研究し、地下世界の理解を深める。

(3) 掘削孔を地球のさらなる深部に向けての観測窓として利用し、地球深部の構造や現象について研究する。

 

以上のような研究により、我々は地球についての理解を深め、さらに新しい自然観を生み出すことができる。そのような例の一つとして、過去の温暖地球の研究について述べてみよう。

 

深海掘削の大きな成果の一つとして、今から約1億年前の白亜紀の地球環境の研究がある。恐竜が繁栄していたこの時代、地球は現在よりはるかに温暖であり、極地方にも氷床は存在しなかった。その時代に海水面は今より250mも高く、大陸の40%は水没しており、海底では莫大な量の溶岩が噴出し、沢山の海底火山が形成された。当時、活発な火山活動が原因で大気二酸化炭素濃度が上昇し、地球の温暖化を促進したと考えられている。また海底には広く有機質泥(ヘドロ)が堆積した。このヘドロの有機物を作って生物はラン藻(シアノバクテリア)であることがわかってきた。

約35億年前、生命はCO2から有機物を作りO2を排出する仕組み、光合成を完成させた。初期の光合成生物の代表がラン藻であり。ラン藻による活発な光合成により、初期地球の濃密な大気CO2は減少し、O2におきかわっていった。もし、ラン藻類が出現しなければ、輝度を増しつつあった太陽の熱とCO2温室効果のため、地表温度は上昇して、ついに海洋は蒸発し、地球は金星のようになったかもしれないのである。

白亜紀になると、大気CO2が再び増え続け、地球は暴走温暖化状態に陥り、高等生物に危機的状態が忍びよっていた。この時、海洋ではそれまで影に隠れていた過去の主役、ラン藻が復活して、光合成を活発に行い、CO2を有機物に変え、それが海底に沈殿した。地球の危機はラン藻によって救われた。現在、世界の石油資源の大部分はこの時の有機物が起源となっている。人類は、この有機物を酸化(石油を燃やして)してCO2を排出し、再び地球に温暖化の危機をもたらそうとしている。

 

ふだん、我々がほとんど気にもしないラン藻が、実は、地球環境の生みの親であり、救世主であり、石油を生みだした。我々は白亜紀の温暖環境の恩恵を受けて現代文明を発達させた。我々はまさに地球の歴史の中で生きており、決して1億年前の出来事と無縁ではありえない。

 

コア、マントル、地殻、海洋、大気圏そして生物圏、人間圏が46億年にわたって展開してきたドラマの筋書きを理解してこそ、我々は明日に生きる指針を得ることができると考える。世界を、自然界の事実から導かれた新しい観点から見つめ、そして自分自身について深く知ることにより、来るべき時代への挑戦が可能となる。地球を掘る目的は、このためにある。

 

 

 

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