日本財団 図書館


ため池も人間が水を確保するためにつくったものです。林に囲まれた浅い池で、その池の縁にガマとかアシなど、いろいろな水生植物が生えて、ため池の中にカエルが卵を産んだり、サギなどの野鳥が餌をとったりします。日本の伝統的な農村は人間にとっては、非常に都合のいいようにできていたのにいろいろな生きものにとっても暮らしやすい場所です。農民の文化の中にはこのように自然をうまく維持・管理する知識や知恵もあります。

これからは、今度はもう少し山の方に行き、日本の伝統的な林業のあり方を少し勉強したいと思います。なぜかといえば、日本の伝統的な自然管理や生態系管理、または水系管理は、全部つながって機能していました。山の方、林や木のある方に、非常に豊かな森林をつくったのです。その森林がいつも豊かな水を蓄えて、どんどん川やため池に水を供給します。そこから水が田んぼを流れ、田んぼを潤しながら海辺に入ってきます。海辺に入るときにはもう、陸の方からたくさんの栄養分を持ってきています。そうして沿岸域の資源もどんどんふえていきました。

今頃になって水系管理(watershed management)という言葉がはやっていますが、ひとつの水系として、山から海岸までを全部ひとつの谷、まとまった生態系としてとらえて管理しています。これは学問的には割に新しい分野ですが、日本には昔からあります。もちろん“watershed management”という言葉はありませんでしたが、基本原理は全部備えていたのです。

ですから、日本の自然や日本の伝統的な維持・管理は、日本人が高い誇りを持って世界に強調すべきものだと思います。これは本当に見事なものです。自然だけではなくて、それを維持・管理する知識と知恵をひとつのセットとして考えると、非常に貴重な、日本だけではなく、世界の財産だと思います。

しかし、悲しいこともよくあります。終戦後に日本の伝統的な維持管理が崩れてきたのです。そのかわりの新しいものがまだできていません。ですから、日本の自然は今、やられ放題で、まったく無防備になっています。伝統的な守り方が崩れているのに、その新しい守り方がまだできていないのです。

海辺を考えると、日本は海辺を対象にする法律や制度がたくさんあります。建設省、運輸省、農林水産省のものがありますが、海辺を生き物がたくさん生きられるような自然環境として捉えるものは全くありません。海辺の生態系を広く見るものがないのです。みんなバラバラで、その結果として、日本の海辺の自然が駆け足で姿を消そうとしています。

今年の春、九州の有明海の諌早湾が埋め立てられましたが、とても悲しいできごとでした。世界でも指折りのすばらしい干潟が消えただけではなく、その埋め立てをした主体が農林水産省だったからです。

これから、日本は自然や自然保護の未来を考える必要があります。現在は本当にめちゃくちゃな状態ですが、これからどうしなければならないのか、真剣に考えなければならないのです。

ひとつの考えとして、欧米型の自然・資源管理をそのまま導入して日本に使えば、ある程度今より自然を守ることができます。そうしても、日本の昔からあった伝統的なやり方が姿を消してしまうから、足りません。まず、日本の伝統的な漁業権制度や里山維持管理制度、日本の伝統的な林業を見直し、そこからいいものをピックアップし、必要に応じて欧米型の維持管理を合体することによって、独自の日本型の自然保護制度を作ることができると思います。

日本でこのような制度が作ることができれば、他の国も喜ぶと思います。なぜかというと、たぶん多くの国も同じ問題に苦労しているからです。つまり、伝統的なやり方があるが、その伝統的なやり方そのものは現在に使えない。しかし、その伝統的なものを捨てたくないから、伝統と新しい技術的・科学的なものを合体し、その国に一番合ったものを作り上げていく。このプロセスが日本でできれば、そのまま他の国にも指導できると思います。

これからのパネルディスカッションでいろいろな日本の伝統的な事例も上がると思います。そのときにもう少し詳しく一緒に考えたいと思います。

 

 

 

前ページ   目次へ   次ページ

 






日本財団図書館は、日本財団が運営しています。

  • 日本財団 THE NIPPON FOUNDATION