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僕については、ナチュラリストとか生態学とか生物学のイメージが強いけど、実は大学で文化人類学を専攻しています。自然だけでなく、人間と自然の接点こそ一番おもしろく、大事だと思います。この地球には原生自然があります。まったく人々の手が届いてない、人が活動していない自然があることはあるのですが、それほど大きな面積を占めていないと思います。どちらかというと、昔から人々が暮らしている自然の方が多く、これはもちろん国によって違います。アメリカやカナダ、ソ連だったら原生自然が多く、イギリスに行けば原生自然がまったくなくてゼロです。そして、日本はその間ぐらいです。

高い山や国立公園になっているような北海道の一部とか、東北の山のブナ林の一部は、ほとんど手つかずに近い状態にありますが、昔から人間の生活と深いかかわりを持つ自然が多いと思います。このような自然を里山とかカントリーサイドなどと言いますが、基本的に大都会があって、そして人々がほとんど行かない山があるとかジャングルがあり、人間が行くとしてもあくまでもお客さんとして行きます。ハイキングしたり、花を見たりして、行ったらすぐ引き返し、その自然の中では暮らしていません。でも、都会と原生自然の間にこの里山、カントリーサイドがあります。僕の研究はどちらかといえば、こっちの方がメインです。日本は先進国でありながら、昔から自然と自然の中での暮らし方が残っている世界にもめずらしい例だと思います。

僕の調査対象は、最初は海辺、日本の漁村でした。日本の漁師たちがどのように海辺の自然と付き合っているか。また、海の資源をどのように利用しているか。それをテーマにして研究しました。2年間くらい北海道の小樽市内にある漁村に2年間住み込み、できるだけ漁師たちと一緒に暮らしながら研究をしました。

日本には昔から漁業権という制度があり、日本の漁師たちは皆、漁村ごとに漁業権を持っていました。その漁業権に基づいて、自分の里の近くの海の資源を自分で管理してきています。その管理法には、代々伝わってきた決まりやその場所の分け方など、いろいろな伝統的なやり方があります。

日本はずっと沿岸ぞいに漁村がびっしり並んでいます。昔から海辺、沿岸の資源を集中的に使っていますが、最近まではその自然をうまく、持続的に利用してきました。それが漁業権制度の中に続けてきたことです。

漁師たちは魚をとるだけではなく、魚がどこで卵を産むか知っているし、その卵を産んでいる魚はとりません。禁欲的に自分で設定するなどの話をしてくれました。日本全国にこのような例がたくさんあります。そこに海辺の自然や資源とうまく付き合い、うまく利用する知識とか知恵があります。

その後、12〜18年くらい前に、陸の方の農村の自然や、農村に暮らす人々がその周りの自然をどのように利用するか、どのように自然と付き合うかを調べました。これも見事なものだとわかってきました。

日本の伝統的な農業は、弥生時代から、2000年前からずっと集中的な農業で、稲作です。ずっと続けてきたのにもかかわらず、農村の周りの自然はまだまだ豊かで、今でもそれがよく見られると思います。

典型的な農村の場合、集落があり、そこには10件とか100件とかの農家があります。その集落を囲むように、丘陵や斜面に雑木林が生い茂っています。雑木林というのは、完全な自然の林ではなく、人間が作り上げてきた林です。人間が林の中に入って下草を刈ったり、落葉をかきあつめたりして、落葉樹の雑木林を維持・管理します。そして、雑木林に降った水が、今度はわき水や絞り水として出てきて、その水が出てくるところに小さなため池をつくります。ため池でいったん水をためてから、今度は小川を通して下流の田んぼに送ります。田んぼの間にあぜ道があり、少し高いところに畑とか果樹園とかがあり、村のはずれに茅場というススキ野原があります。これも人々が毎年火を付けて、維持・管理する場所です。農村の周りの自然は、完全に昔から人間がつくり上げてきた自然ですが、すごく生物多様性の高い自然でもあります。

雑木林は基本的に人間の自分の都合でつくったものです。雑木林は明るい林です。特に春先にたくさんの光がさして、そこにランやユリの仲間、または里芋の仲間の花がいっぱい咲きます。夏になるとクヌギとコナラの幹から甘い汁が出て、たくさんの虫が集まり、その虫を食べるために鳥がやってきます。

 

 

 

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