日本財団 図書館


やっぱり農業の現場の除草剤、農薬、塩化ビニール。近代化といって使う農業の現場から出るものをまずみんなで規制しなければいけない。それは今、それぞれから話があったように、それぞれの生活スタイルの中から反省をしないと、これは避けて通れません。要は、8月に温州みかんが食べられたり、正月にイチゴが食べられたりすることが、はたして豊かな生活なのだろうかという反省を自分に一度問いかけてみたいと思うのです。

それが本当に豊かなことであるなら、それはそれで結構だと思いますが、別に8月に温州みかんを食べなければいけないこともなければ、正月にイチゴを食べなければならないこともないと思います。そういうことでビニールがどれだけ使われているのか、どれだけ大気が汚されるか。今は農水省は沈黙してものを言いませんが、農業者自身の中に水を汚す、地下水を汚す、大気を汚す元凶があるように私は思います。だから、つつましいと言ったら語弊がありますが、自然の中で自然に育った作物を、見える関係の中でそれを届けて、そしてお互いあの世へ逝くときは、きれいに逝きたいと思うのです。

今、「キレる」とか「ムカつく」とかいう子どもたちが、のども渇いていないのに缶ジュースを1本飲んでしまう。恐いことだと思いませんか。その子が同じように80歳まで生きられるだろうかという問いかけをしたら、だれもそうだと言い切れる人はいないと思います。そういう現実を目の前にしながら今日が暮れる、明日が暮れる。そして、珍しいものを食べることが豊かであるかのような錯覚の中で、今私たちの暮らしが成り立っている。そういうことは、狭い会場の中だけですが、一緒に「そうだね」という合点が欲しいように思います。

それからもうひとつ、私が先程言いましたように、まさに一幅の山水の絵、これは武庫川に例えたら、古代はこの辺が山水の絵になるだろうと思います。向こうの山すそあたりに藁葺きの農家があって、海には船を浮かべて漁師が蓑を着て魚釣りをする姿があり、山奥には丹波の猿がいたり、猪がいたりする絵が見えて、まさにこれは一幅の山水の絵が、今このようなかたちになっています。

たまたま武庫川のど真ん中に、山水の水墨画に見られるような美しい渓谷の中に、ダムが造られようとしています。一幅の掛け軸の中の山水にダムの絵を描いてみてください。どんなにおかしいものか。日本人の心というものは、その辺にあるのではないかと思うのです。それが日本人の心の文化だと思うのですが、便利になればいいというものではないと思います。

「治水治山」という言葉があります。山を治め、水を治めてこそ、人のくらしが安定するというものです。深い奥山の森林はまさに天然のダムの働きをしてくれています。治水にも、また利水にも、山の果たす役割は大きいのです。

片寄先生の図にある「森は海の恋人」といわれるように、自然な豊かな山は、人々のくらしを守っていてくれるのです。

ところが今、まさに「山荒れなんとす」という山の実体がありますも世界経済の荒波に翻弄され、日本の建築は外材に押されて、造林という仕事は瀕死の状態にあります。

わたしたちの先祖が営々として育ててきたスギ・ヒノキの美林は手入れが行き届かないまま放置されていて、これが将来災害の元凶になりかねない状況にあります。

行政は自然環境という立場から、今「里山」ということを盛んに口にしますが、山の抱えている問題はもっと根が深く、重いものなのです。放置された人工造林の今日の姿は、太陽の光が地上に届かず、昆虫の姿も見えず、小鳥も飛んでこない。こういう無気味な山が兵庫の奥山には数多く見受けられるのです。これらの山は一旦災害に遭うと倒伏し、上根だけの山肌は地すべりを起こし、土砂災害を引き起こす危険な存在なのです。今こそ海からも流域のマチからも、病める恋人であります山に対して関心を持ってもらいたいと思います。

もうひとつ、伝承技術の中で、子どもと川遊びをしたときのことです。このごろの子どもは川遊びの技術を知らない。雑魚とりのしかたを知らないのです。雑魚の姿を見たら後ろから追いかけるのです。これは昆虫採集のセミとりの要領で魚を追っかけるのです。「アホやな、後ろから追いかけてどないすんねん」と。

 

 

 

前ページ   目次へ   次ページ

 






日本財団図書館は、日本財団が運営しています。

  • 日本財団 THE NIPPON FOUNDATION