日本財団 図書館


【片寄】「命のために残す部分」という名セリフをひとついただきました。逃れられない、宿命的な話と、その中でいかに生き延びるかという、したたかな生き方戦略を教えていただいたように思います。

酒井さん、ひとつ。

 

【酒井】実は、この中に、私の田んぼを見ていただいた方がいらっしゃいます。農業の現場を目の当たりにして、心配していただいています。

兵庫県で今、40%の減反を余儀なくされているというか、押しつけられています。本当に矛盾です。ウルグァイ・ラウンド農業合意により外米を年々ふやしながら輸入する一方で、日本の耕地が40%も野放しになっている。「他に金に換わるものを作ったらいいではないか」といいますが、たくさん作ったら途端に値が下がってしまい、田んぼに捨てなければならない状況です。日本農業が限りなく右下がりの状況の中で、こういう矛盾だらけの中で農業を続けなければいけない、という宿命があるのです。

そしてまた近代農業、と「近代」と名のつくものすべてが効率化、能率化、省力化、大型化ということです。そういう名前をつけたら、すべてのものが近代化されたようになったと。そして自然を征服したかのような錯覚にとらわれて、「近代化、近代化」といって進んできたツケが今まわってきているように思うのです。まだ気がついていない人が多いのですが、たまたまこのような例があります。

兵庫県は今年の稲作の作況指数の中で100を切っています。兵庫県は不作だったのです。なぜ不作だったのかというと、秋にウンカがついた。ご承知のように、イネにウンカが発生したら、それは悲惨なものです。時間の問題でイネが脱水症状を起こして倒れてしまう。それこそ時間の問題で、倒れたイネが途端に腐りはじめる。今年のように長雨だったら、倒れたイネから芽が出かける。そういうもろもろの状況の中で、秋ウンカにやられてしまい、たまたま播州平野を中心にした兵庫の米の作況指数が100切ったという状況です。

それはなぜかというと、やっぱり近代農業というのは、化学肥料と農薬を多投しないと育たないようになっているのです。だから、私の有機農業の原点は、生きた土というか、健康な土の中から健康な芽が芽生えてくる。健康な芽が芽生えたら、健康な果実を、種を宿してくれるのです。しかし、土の力が弱っている。化学肥料と農薬まみれの中で、セメントのようになった土に種をまいて、元気な芽が育つはずがないのです。

そのような農業の反省期にあるにもかかわらず、なお現況は、種をまく、農薬で保護をする、弱かったら化学肥料をパラパラとふって大きくする。そういう状況の中で、土の力、土の命のようなものをまず殺してしまうのです。土の中にはミミズもいるし、オケラもいるし、カエルもクモもいろいろなものが土の中で暮らしているのです。土の中に世界があるのです。そういったものをまず皆殺しにしてしまった中で、種をまくことになる。そのような農業に変わり果ててしまいました。

だから、ウンカがどこかから飛来してきて降りたときに、本来なら田んぼの中にいる無数のクモがウンカを食べてしまうのですが、先に天敵であるクモを殺してしまっているので、ウンカが大発生した。それが日本の農業の今の姿なのです。悲しいことだと思いますが、我々百姓はどうしようもない。そういう姿の中で、農業は限りなく右下がりの状況です。

 

161-1.gif

酒井 秀幸

 

今、ご指摘いただきました中に、「あなたの田んぼを見てきた。よくやっているな」というようなことと同時に、「有機農業でこれから先、やっていけるのかどうか?」という問いかけもいただきました。

有機農業というのは、農家が「こういうものをこうして作ったら高く売れる」という付加価値をつける農業とは違います。有機農業というのは、消費者に育てられて育つ農業だと思ってください。

 

 

 

前ページ   目次へ   次ページ

 






日本財団図書館は、日本財団が運営しています。

  • 日本財団 THE NIPPON FOUNDATION