ですから今、いろいろな面で教えてくれる面、それから反面教師的な面と両方あると思うのですが、そういう意味で上手に暮らしていく人たちではないですけれども、率直に今の世相を反映しながら、その中でどういう道を選んでいこうかという方法を探っているという点でいえば、おもしろいというか、つきあうべき人たちだと見ています。これからもいろいろなことを教えられると思いますが、それを伝え、またともに勉強していく相手としてつきあっていきたいと考えています。
それから、今言いましたこと、先程ゴミで言いましたが、大阪湾の南の方に大量に上がっているゴミ、これもやはりこの大阪湾周辺から出たものにほかならないのです。自分たちのゴミは、きれいにとりまとめてゴミ箱か何かに置いているという自己責任は完結しているように見えても、それでもこぼれていくものがあるわけです。それが風に吹かれ、雨に流され、海に流れ出て、そういうところにたまっていくわけです。
だれも悪いことをしていないというだけでは、今の海洋汚染はなおらないのです。だから今、漁師たちが稚魚を「1、2、3」と、ほんの一呼吸でやったように、空き缶1つ、紙くず1つ、1つのときに拾えば片づくわけです。これが山になってしまったらどうしようもないのです。だから、10の内の3までいかなくても、ほんの一呼吸自分の責任プラスα何か取り組むことによって変わり始めるのではないか。
藤井さんが「生活スタイルを変えよう」といきなり言ってもなかなか馴染みにくいところがありますが、その辺のきっかけづけとしてやり始めて、まちの色が変わりだしたとなれば、また次の展開にもつながるのではないかという気がしています。そうやってこの大阪湾とつきあっていけば、まだまだ海の潜在能力というのは高いものがありますので、面白く付き合える点があるのではないかと思います。
それともうひとつ、環境ホルモンのダイオキシンの汚染が大阪湾が一番ひどい。日本人が摂取する魚からダイオキシンが一番入りやすいと言われていますから、そんな恐いことだったら、もう近海の魚はもう食べない方がいいのではないかという議論が出ています。しかし、これはどうなのでしょうか。私ども魚をとる方が無責任かもしれませんが、とった魚が市場で売れなければ、これは飼料用にまわします。飼料はどこへ行くかといったら、ニワトリや豚の餌になるわけです。だから、皆さんはそういう意味では食べ物を食べるかぎりは逃れられないのです。
根本的にその対策はとらないといけないけれども、では、窓口として食べる場合はどうしたらいいのか?片寄先生の絵で右下のところに「食物連鎖 濃縮」というのがあります。生物濃縮というのは、生態系の中で位が高いほど濃度が高くなる宿命を背負っています。環境ホルモンとて位の上の方ほど高い濃度になっていくということがあるわけです。えてしてそういう魚ほどおいしいのです。
子どもたちをテストしたら、大概マグロを食べにいきます。生態系の頂点にありますから、寿司屋でやったら高いものばかり言って大変な目にあいます。だから、「イワシとカッパ巻にしろ」と言ってもなかなか言うことを聞かない。上の方がおいしいのです。
でも、そうやって食べていたら、生物濃縮の果てになります。だから、それよりも10倍、100倍濃度が低いだろうという小魚や海藻、野菜などをしっかり食べてもらわなければいけないのです。
大体40歳を過ぎた人は少々のものを食べて何ともないです。何ともないと言ったら語弊がありますが、精子の数がちょっと減ってもかえって害がないという意味でいいかもしれません。それは言い過ぎにしましても、今、直面している問題としては、育ち盛りのお子さん、赤ちゃんを産むお母さんたちは、そういう食べ物を選んでその危険を少しでもレベルを下げるという努力。それと、身の周りのライフスタイルを変えることによって、便利さ、10のものを10使ってきたということを変えていく。少し命のために残す部分を増やすというようなことを考えていく必要があるのではないかと思います。