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【鷲尾】最初のところは議事進行を優先して話したので、ちょっと言い足りなかった点もあるかと思います。その分きちんと藤井さんに指摘されまして、「窒素・リンは悪いことはない」という言い方をしてしまったかと思います。

実際、循環に取り込めるものというのは、やはりそことのつきあい方の問題なのです。では、窒素・リンが富栄養化で対策をしなければいけない、削減しなければいけないということになると、どんどん徹底的に減らせという話になります。ところが、実際にそれを事業化して減らそうと思うと、できるところとできないところがあるのです。今の日本というのは、その中でできるところからやっていこうかということをやるわけです。

例えば、大阪湾を例に挙げると、大阪湾には環境基準が設定されています。一番奥の部分が汚れていますから、環境基準自身をちょっと緩めにしてあるのです。淡路島寄りのところは現在きれいですから、厳しい規制になっています。中間段階もあるわけですが、そういうやり方でとにかくきれいにできるところからしていこう、要は窒素・リンの問題は出てくるのを減らせばいい、といくと今は現状追認でしかないのです。だから、環境基準がいつになれば達成されるのかといえば、一向に達成されない。

これは窒素・リンが入ってくることだけを見て、それを削減すればましになるということで見ていますが、先程言いましたように、海の中の本来持っている自然の浄化力に見合うだけのものが入っているか、あるいはそれ以上に入っているかということを考える必要があると思うのです。物事は収支で、出と入りで考えないといけないわけですが、それで考えますと、大阪湾の奥は本来、それこそヨシではないですが、やっぱり海辺にたくさんの植物が生えて、窒素・リンを吸収してくれていた海なのです。

ところが、それを埋め立ててしまった。海藻の生える場所まで埋めきってしまったために、大型の植物が生えないような環境にしてしまったために、自然の浄化力を損なっているわけです。ですから、その海が本来こなしきれる量が減ってしまっているのです。そういう意味でいうと、従来と同じ量だけ出しつづけているだけでも汚れてしまうわけです。

ですから、海の持っている浄化力に見合っただけのものに規制しないといけない。そういう意味では、今の環境基準の設定され方というのはどうも逆方向ではないかと思うのです。浄化力のあるところであれば、まだそのゆとりのある範囲内はまだ使えると思うのです。ところが、浄化力をなくしてしまったところは、やはりもっと厳しくしないといけない。琵琶湖のようにコンクリートばりにしてしまったら、そういう浄化力が働かないわけですから、人間の都合でコンクリートを張ってしまったら、それだけより厳しい規制値を当てはめないとそこは成り立っていかないわけです。

大阪湾の奥はもう人間の都合で使い放題に使ってしまったから、そこには窒素・リンはもう出してはいけないくらい規制しないといけない。そうすると人が住めないというのですが、そのようなところに住む必要はない。過疎地はたくさんあるのだから、そういうところに人が散らばるような政策をとればいいわけです。大都市に住みやすい快適さを与えるような政策がその環境をだめにしているのです。

逆に言いますと、私どもは明石海峡でノリを育てていますが、今、明石海峡でノリにとっての栄養不足が問題になってきているのです。明石海峡というのは浄化力が非常に大きい。そこに瀬戸内一律に窒素・リンの付加削減ということを当てはめられていますから、栄養が足りなくなっているのです。だから、両面あるわけです。

ですから、やっぱり負荷を削減するということだけで片づくものではない。その海にある本来持っていた自然の浄化力という器をはかって、その器に見合うものを出し続けるのか、改善するのか、考えないといけない。それが問題だと思います。

 

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鷲尾 圭司

 

 

 

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