これは、干上がった川に水路を掘り、そこの水をとことんまで取って横の田んぼに引き入れています。
水の中にすむ動物には水がなければならない、というのはごくごく当たり前ことです。この当たり前のことが、実は河川の多自然型工法とか、堰堤をどうするかとか、魚道をどうするか、というような細部のテクニックよりはるかに重要な問題だと私は思っています。
夏の渇水期に田んぼに水が要る。そのとき同時に、魚にとってはすみ場所である水辺の空間(水間)が必要なわけです。さらに、きっとこのときに都会の人々は、カラカラするのでシャワーを浴びたい、あるいは風呂に入りたい、ひょっとしたら、車がだいぶ埃っぽいから洗いたい、と思う。
人も農業も工業も、あるいは都会の生活も、渇水のときにこそ水がほしい、まさにこのとき、魚をはじめとした水中の動物たちも水がほしいのだ。それを分かちあえるかどうか、これはきわめてむずかしい選択・決断が要ると私は思っています。
これはサツキマスという魚です。
水は流れていたとしましょう。次に、川の魚にとって何が大切かというと、川と海との連続性です。川に棲んでいる淡水魚というのは、多かれ少なかれ海と川、あるいは川の中で上流から中流の間を行き来して生活しています。これは現在絶滅危惧種になっているサツキマスという、アマゴの海へ下るタイプです。現在、サツキマスがある程度の数すんでいるのは長良川のみになってしまいました。
■表2.5.1 サツキマスの漁獲高 (次頁)
ところが、このサツキマスというのは、かつて近畿地方の河川ならどこでもいた普通種だったのです。近畿地方の河川が、ダムとか堰堤でブチブチに切られて、海と川との行き来をさえぎる前、農林水産局の1987年の資料を見てください。「南部太平洋川の遡上マスの漁獲高」となっていますが、サツキマスであることは確実です。