ただ、このヘテロカプサは珪藻には歯が立たない。試験官の中でヘテロカプサと珪藻を一緒にして混ぜると、ヘテロカプサがシュンとなって動かなくなることも確かめられています。
だから、海の中でも同じことで、珪藻がいる間はヘテロカプサは出ていません。
これは1995年の南西海区水産研究所の調査です。珪藻が出ている間は出ないけれど、珪藻が出なくなったら、その隙間を狙ってヘテロカプサがどんどん増殖してくる、というパターンがあります。だから、海の中に珪藻が常にたくさんいられる状況をつくっていればいいのですが、ダムがいろいろできたりして、上流のケイ酸が遮られて海に出にくいということが弊害になっているのではないかと思われます。
■漁獲の落ち込み
そういう新しい赤潮プランクトン等が漁業に打撃を与えているということですが、それだけではなくて、漁業総体を見た場合も瀬戸内海の漁業というのは、生産力の面でもかなり衰えが目立ちます。これは1961〜96年の瀬戸内海の養殖以外の漁獲です。漁獲の方は1985〜86年をピークにして、それ以降急激に落ち込んでいます。これは落ち込み方が、この当時が600ですから、6割ぐらいまで落ち込んでいます。これはイワシがとれなくなったということもあるのですが、それにしても激しい落ち込みようです。1980年代の後半に養殖の方が逆転しています。
なぜこんなに落ち込んできたのか。
これはトラフグの例です。ご存じのようにトラフグは高級魚の代表的なものです。尾道周辺の因島大橋が架かっている布刈瀬戸というのがありまして、これはトラフグの瀬戸内海あるいは日本でも有数の産卵地なのす。大体5月の連休ごろ、4月の終わりから5月の初めごろに、トラフグの親がここらあたりに来まして、砂地のところで産卵してまたこっちに向けて出る。ここで生まれた子どもたちは、行動はまだよくわからない部分が多いのですが、その年は瀬戸内海で過ごして、その翌年ぐらい、早いのはその冬ぐらいから豊予海峡を抜けたり関門海峡を抜けたりして外洋で育って、また大きくなったらここに戻ってきて卵を産むということを繰り返してきていました。瀬戸内海というのは単にここで魚をとるだけではなくて、そういう外洋に出る魚の産卵育成機能を担っていたわけですが、このトラフグが最近ピンチです。最近というかここ数年来ピンチです。
尾道周辺でのトラフグの漁獲量は1986年ぐらいは300tぐらいとれていましたが、今はもう30tを切るぐらいl/10以下に減っています。これはどういう漁獲方法かというと、産卵しにきたときに一本釣り、あるいはローラー吾智という網でとる漁法です。産卵に来た親のトラフグをとってしまうわけですから、とりすぎれば当然減ってきます。
興味深いことに今から20数年前までは漁業者はこのトラフグについては見向きもしなかったのです。というのは、トラフグ漁のシーズンは4月か5月ですので、いわゆるフグを食べる冬場ではないものですから、市場価値があまりない。漁師はとってもだめだから見向きもしなかったのです。
ところが、冷凍技術が発達したので、大阪の方の魚市場関係者が瀬戸内海各地に産卵時にとれるトラフグを買いつけにくる。4月、5月に買いつけて冷凍しておいて、大阪周辺で冬場にてっちりで食べてもらう販路ができました。それで急速に漁獲が増えたのです。
一時期、1980年代の半ばぐらいは大阪の大衆的なてっちり屋で出されるフグの大半が冷凍物のフグだったと言われています。それが現在は、養殖物が大半という話なのです。そのように人間は大体のものを作り出すというか、冷凍物がなくなったら養殖物、あるいは外国から持ってくるなど、いろいろしてます。しかし、ここで一度産卵に来るフグが減ってしまったら、取り返しのつかないことになるでしょう。
ここで言いたいことは、やはり漁業資源をどう管理するか、いろいろな漁業者あるいは行政も含めて知恵を絞らなければいけないだろうということです。フグはここだけではなく、愛媛県でもとれますし、豊予海峡でもとれます。漁師さんは「うちの方はそんなにとっていないけれど、よそがとる」という。なかなかお互い手を携えて資源を守ろうということは、フグに関してはあまり進んでいないようです。