実際には魚を放流した後、放流した魚が釣れたのか、天然のものが釣れたのか識別する方法はあるのです。魚には耳石というものがあって、そこに印を付けることができます。しかし、実際に漁師さんが釣った魚をいちいち取り寄せて耳石をはいできて、顕微鏡をのぞくわけにはいきません。いずれはそのようなことをやらなければいけないと思いますが、今のところは全く手が着けられていない。したがって、放流した稚魚が瀬戸内海の生態系の中でどのような役割を果たし、漁獲量にどのように関係しているかは全くわかっていない。
これから瀬戸内海の漁業を守っていけなければいけないと言いましたが、漁業は魚をとってくるというだけではなく、山にクヌギを植えるようにある魚を放流して、その行方をきちんと追う。クヌギの場合は30年から40年、放流魚の場合は4〜5年間、アフターケアをして、きちんと管理をした後漁獲する。そのような海にしていかないと瀬戸内海の漁業は将来的にはもたないと思います。
そのような海にするためには、魚だけではなく環境そのものも問題です。先程の貧酸素水塊があったらもちろんだめですし、海に対していろいろなことを考えなければいけません。山の場合には、この出に入っていけない、この山では草は取ってもいいけれども、キノコは取ってはいけいないというような様々なきまりがあります。そのようなことを海でもやっていかなければいけないと思います。
例えば、海に廃棄物を投棄することなどはもってのほかです。2年前愛媛県の中島で建設業者が藻場をつくるという話がありました。私も関わったのですが、漁協の依頼で大阪とか宇部の建設残土を海に埋めて浅瀬をつくって、そこに藻場、あるいはハマグリ、アサリの漁場をつくろうということでしたが、これはとんでもありません。投入したほとんどの泥は、流れが強いから、予定の浅瀬から出ていくのです。実際にはこの藻場建設は廃棄物処理なのです。投入した建設残土の1割もその場に残らないと思います。それを中島でやろうとして、町長の強い反対もあって、この話はなしになりましたが、同じ業者が、現在広島県の島で同様な藻場建設を行っています。そのようなものは今から瀬戸内海で絶対許してはいけないと思います。
今問題になっている瀬戸内海の海砂の採掘も漁業環境にいい影響はないのです。広島県はやめましたが、愛媛県はまだやっています。これもやめさせなければいけない。イカナゴが夏に眠る場所がなくなるからです。イカナゴがいなくなると、タイがいなくなる。アビ漁という独特の漁法が広島と愛媛の県境であったのですが、今では全然できなくなっています。海砂の採取によって漁民の文化というか、その場の文化も滅んでいくのです。護岸としてはたまたま関西空港の緩傾護岸が有名になって今もてはやされています。あの傾斜護岸は最初から、生態系の保護をねらって作ったわけではありません。緩傾斜護岸にしないと空港の埋め立て地の強度がもたなかったからです。直立護岸では護岸が倒れてしまう。工学的な必要から緩傾斜護岸にしたのが、たまたまそれが生態系に良い影響をもたらしたのです。今あちこちで同様な緩傾斜護岸をやろうとしています。これは基本的には正しい方向です。陸と海の境界線は不連続ではいけないのです。自然には不連続がないのです。各工場の埋め立て地で船が着かないところはすべて、直立護岸から緩傾斜護岸にしなさいという命令を環境庁がやっても良いと思うぐらいです。さらに護岸の材質としてはコンクリート護岸よりは、当然石積み護岸の方がいいのです。水と空気と団体の接触表面積が広くなればなるほど、そこにバクテリアが住み、そのバクテリアが繁殖して微生物のえさになってそれを小魚が食うというシステムができますから、海で使う材質はなるべく自然に近づけなければいけない。埋め立てに関しては、陸との中の関係で難しいですが、やめさせるように頑張らなければならない。なぜなら浅瀬や藻場という稚魚の成育所がなくなりますし、浄化能力も減るからです。
また人工干潟の問題があります。二日市の埋め立て地の横に作った人工干潟がもてはやされていますが、あれは干潟になってはいないのです。1つには、山砂を投入して干潟を作ろうとした。もともとあった干潟の粒子の細かい軽い土砂に対して、粒型の大きい重い山砂を投入しましたから、地盤沈下を起こします。そのためどんどん人工干潟の面積が減ってきて、当初の目的とした広さよりも今半分近くなっていると思います。さらに山砂を入れてもベントスはつかないのです。