北海というのは西側はイギリス、南側はオランダ、ドイツに囲まれています。大西洋から海水が入イギリス沿いに込んできて、反時計回りにゆっくり回って流れています。ある意味では一方通行です。そのところどころで陸から栄養源が入ってきて、プランクトンに使われ、やがてノルウェーの西側から北極海に抜けていきます。効率としてはあまりよくありません。したがって、漁業生産はかなり高いのですが、5.7ぐらいにとどまっています。チェサピークは瀬戸内海に似た構造をしているのですが、湾の奥から入った窒素、リンを含む表層水が軽いので大西洋へ抜けていきます。大西洋から塩辛い水が底層を流入してきます。その間に窒素、リンがプランクトンに取り込まれ分解し、また取り込まれというように循環しながら出ていくので、漁業生産はかなり高くなるのです。
それに対して、チェサピーク湾とスケールも構造も似ている瀬戸内海の漁業生産が、なぜこのように高いかというと、それは瀬戸があるからです。海峡があるからこのように違うのです。ちなみにチェサピーク湾は、湾の中に潮の流れが早くなるような海峡がないのです。瀬戸内海の場合は、沿岸の陸域から出てきた、窒素、リンが表層を太平洋に向かいながら流れ、来島海峡とか、明石海峡、速水瀬戸などでぐるぐるにかき回されてもう一回陸岸近くまで帰ってくるのです。そして表層に湧昇してまたプランクトンに使われる。単純に出ていくのではなく、海峡(瀬戸)があることによって何回も混ぜられる。瀬戸内海に入っていた窒素、リンが外洋に出るまでに、何回も使われる。そのたびにプランクトンが増えて、プランクトンが魚に食べられて、その魚を人間が取り上げているのです。この海峡のあるなしの差が、3倍、4倍近くの漁獲量の差に結び付いているのです。そういう意味では、瀬戸内海は世界的に見ても、貴重な、漁業生産力の高い、いい「畑」なのです。それをつぶすような行いをすることはどう考えてももったいないし、けしからん話です。
ところがそのような恵まれた「畑」を前にして、我々は今まで瀬戸内海とどうつきあえばよいのかがはっきりとは見えなかったのです。だれもきちんとした答えを出してくれなかった。それはなぜかというと、基本的には我々が陸に住んでいるからです。陸のことは目に見えて、研究するからよくわかっている。しかし、海の中は自分が住めないし、時々ダイビングには行きますが、そのようなものではとても本当のところはわからない。そうするとどういうことになるかというと、ゴミ捨て場に使ってしまっていたのです。自分の住んでいる身の回りの陸は、生活環境として大事だから汚さない。廃棄物処理で手がおえなくなったら、自分の住んでいない、目に見えない海に片づけてもらおうというのが、過去の一番主流のつきあい方だったと思います。これからはもうそれではいけない。
■山と人とのつきあい方を参考にする
それでは、海とどうつきあえばいいのかを考えるときに、参考になるのは山だと思います。日本人は今まで山とどういうつきあい方をしたかというと、大きくは3つに分けられます。
ひとつは針葉樹林です。スギ、ヒノキという高価な材になる針葉樹を植えて、何十年も待ってそれを切って売って山林を維持していく。これは人間にとっては生産力は非常に高いつき合い方です。ただ針葉樹は根が浅いので保水力は少ないし、針葉樹林に生物はほとんどいない。木の実はならないし、下の方には日が当たらないから草も生えないし、花も咲かない。人間にとっては都合のいい林ですが、生物にとってはあまりいい林ではない。
もうひとつは鎮守の森です。これは針葉樹林とは正反対にあります。西日本の潜在植生、もともと人間が活動する前にそこにあった木、はツバキやクスなどの常緑広葉樹です。そういう樹木が鎮守の森に残されているのです。鎮守の森には各村の神が宿るとされていて、触ってはいけないということで、たまたま残されました。こういう潜在植生をきちんと守っているのは、世界的に非常に珍しいのです。私は鎮守の森のシステムそのものが世界遺産になってもいいと思っています。そのぐらい価値が高くなっています。