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■海→森

それで結局、宮城県ということを今度は考えると、今まで漁師は、漁師だけでなく水産行政も、次のような発想がありました。私の家の近くに「カキ研究所」というものがあるのですが、東北大学の亡くなりました今井丈夫(たけお)先生というカキの先生がいたのです。この方が開設した研究所があるのですが、今井先生の考え方は、確かにカキの完全養殖というか、人工的にすべて生け簀の中でカキを作るという、どちらかというと人工的に何かをしておく、というような風潮が当時ありましたから、そのように動いてきたのです。それ以来、水産行政も、海でいろいろな魚介類がとれなくなったから、それでは人工的に魚とか貝の子どもを作って、アワビや魚を海に放流して資源を増やそう、という考えでずっときたのです。でもよく考えてみると、つまり生物が育つ下地をつくらないで、種だけ放流してどうなる、という観点が抜けていたのです。

つまり、沿岸域の生物の生産というのは、太平洋がしてくれるものだと。だから、そういう魚介類を増やすには、子ッコさえ海に放せばそういうものが増えるという発想です。つまり、沿岸域の生物生産と、陸側の川とか森林などが、発想の中でかけ離れていたのです。それは、今の縦割り行政の弊害もそこで指摘されているのですが、山は山の行政、川は川の行政。川は川、田んぼは田んぼ、町は町、海は海、これは行政が全然バラバラです。ですから、やっていることが非常にチグハグなのです。洪水が起こるからといって、ダムを造れというのですが、その前の森林はどうなるか。山は山の問題だから、山を切る切らないというのは、川の行政をしている人は「そんなことは関係ない」と、口出しをしないわけです。それは山の問題だからしょうがない。でもここは丸坊主になれば当然、洪水が起こることがわかる。でもそういうことはしない。そういうバラバラのことが今、システムとして非常に問題になっているわけです。

ですから、私たちが10年前から、つまり海の人間が「森が大事だ」ということに気がついて口を出すということは、考えてみればこれは本当に非常に重大な意味が、ここに含まれているわけです。海の人間は海のことだけで、こちらのことに口を出してもらったら困る、という風潮があるわけです。最近だいぶよくなってきましたが、相変わらずこういう風潮は続いています。だから、今日のようなこういう陸のいろいろな問題が、結局海まで関係しているという、文字どおり森から海までのことをひとつにしたテーマで話し合う。ここには、これからのいろいろな行政の施策をどう進めていったらいいかというととの、実は非常に大事な指針が含まれていると私は思っています。

そのような複雑なことはいずれにしても、そういうことで私はスペインへ行きまして、あらためてリアス式海岸の中に住んでいて、これからのリアス式海岸という、この宮城県のこういうところの地域づくりとか、行政のものの考え方とか、そういう方はどういう方向で、何をまずベースにして物事を考えていったらいいかということに、ひとつの提言をしようかと思っているのです。結局、今まで、こういう三陸リアス式海岸のようないろいろなところで、そういう魚介類がとれるということは、あくまで海の恵みだと考えれば、だれもこちらの方を振り向かないでいいわけです。ところが、こちらのことが海まで影響しているということになると、結局、これからのリアス式海岸の地域づくりの個性というのは、あくまで川が削った谷なのですから、やっぱり川というものを大事にしてほしいし、それを支えている森林を大事にしてほしい。つまり森と川と海を一体としたものであるということをまずベースにして、これからの三陸リアス式海岸の地域づくりをぜひ推進してほしいと思うわけです。

そのとき何が問題になってくるかというと、結局、河口堰の問題やダムの問題、田んぼの農業の問題とか、スギ山ばかりの山の問題に全部、結局口を出さざるをえないということになってきます。そうすると、つまり森と海の間には、最終的には人間の生活があるわけですから、最終的にはこの物事というのは人間に帰ってくる。そうすると結局、人間がどのように生きていったらいいのかということにやはり突き当たるのです。

 

 

 

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