■カキ養殖
私は、宮城県では一番北のはずれの気仙沼湾の唐桑町というところで、主にカキとホタテ貝の養殖をしている漁民です。親父の代から養殖をやっていまして、私が二代目で、三代目が3年ほど前から後を継ぎまして、今、息子がやっております。こういう時代に3代続けて同じ仕事を親子でやっていけるというのは、非常に幸せなことだと思っております。それもこれも豊かな自然があるからこういう仕事ができるのであり、自然の恵みに感謝をしています。
養殖業には大きく分けて2種類あって、魚の養殖は毎日朝晩3回くらい餌をやらなければいけない。ちょっと前まで宮城県はギンザケの養殖業が盛んでしたが、とにかく餌をやり続けなければいけない。
ところが、カキとかホタテガイ、ワカメとかコンブという海藻類は、いっさい餌をやらなくていいわけです。でも、そういうコストは、私たち漁民は全部、タダだと思っていたのです。これは太平洋が自然に育ててくれるものだと。だから私たちはコストは全くかからないと、今まで思っていたわけです。
昔から、春先に雪解け水「雪代水」が下がってこないとワカメの色が悪いとか、ノリの色が悪いとか、貝が育たないということを体験的にはよく言っていました。「今年はあまり雨が降らないから、カキの実入りが悪い」などとは言っていたのですが、頭はどうしても海ばかり見ていたのです。
■森林→川→海
今から15年ほど前、フランスのブルターニュ地方にカキ養殖の視察に行きました。宮城県は全国レベルで非常にいいカキがとれるところですし、カキの種苗がとれるところで有名です。しかし、歴史的には何といってもヨーロッパ社会、フランスのカキ養殖の歴史が古いわけです。中世からカキの養殖をやっています。
フランスのブルターニュ地方のロワール川河口に見学に行きまして、そこの海が非常にいいということに気がつきました。「なぜだろう?」と思ったとき、そこに流れこんでいるロワール川を見て、ハッとしました。
そういえば小さいときからカキの種を買いに行くのは北上川河口、石巻の万石浦です。ここでカキの種ができているので、私は親父にくっついて毎年1回はそこへ行っていたのです。気仙沼湾には大川というあまり大きくない川が流れています。石巻に気仙沼湾から近づいてくると、北上川にぶつかるわけです。橋を何回か渡るのですが、「こんなに大きな川が世の中にあるのかな」なんて子ども心に思っていたのです。そういうことが、おそらく頭の片隅にあったわけです。
フランスに行きまして、ロワール川という北上川の何倍かあるような大きな川の河口へ行って、海のよさを見て、川というものにハッと気づいたのです。水産の視察といいますと、大概は海へ行くわけですから、海のことばかり見てくるわけです。だけど、私はハッと思いまして、この川の上流の方へちょっと旅行の行程を変えて行ってみたところ、やっぱりその上流は、いわゆる広葉樹の大森林地帯だということを、そこへ行って目の当たりにしたわけです。