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私は何十年か前に大学を卒業して、ちょうど戦争が終わったばかりなのですが、農林省へ入ったのです。それから二十年近く農林省にいたのですが、ご存じかと思いますが、霞が関に農林省のビルがあります。今一番古臭いみすぼらしいビルなのですが、私たちが行ったころは、ビルらしいビルの最初の立派なビルに見えたのです。8階建てなのです。そして、その8階に水産庁というのがあるのです。今でも水産庁というのは8階にあるはずです。そして7階には林野庁というのがあるのです。林野庁から階段一つ上がると水産庁に行くわけです。ところが、私が二十年間あそこにいて、水産関係の人と林野関係の人とが話をして、あるいは会議をして、物事を合同で検討したという機会を一回も知らないわけです。

私たちは8階におりまして水産関係のことをやり、特に私は研究畑だったものですからいろいろな研究をやってきたわけです。イワシが減ったのはどうしてだとか、ニシンがどうなったのかとか、そんなことをやってきました。そういう研究の中に、森林の考察、あるいは山の問題なんていうのはみじんも配慮がなかったのです。そんなことを考えること自体が、考えたけれどもできないといった種類のものではなくて、そんなことはみじんも考えていなかった。ですから、農林水産省は農・林・水と3つあるわけですが、今でも残念がら農林水産省というのは7階、8階、あるいは農業はもっと下の方にあるのですが、その3つの産業の間の総合的な判断、相互の関係、そういう配慮は残念ながらない。そういうところが、さっき私が言ったシステムをぶつ切りにした考え方、ぶつ切りにした対策をいくら進めても決して全体としては生きてこないという感じがしています。

 

■森林の問題

今、農・林・水と言いましたが、どこへ原点を置くかは別としまして、水のシステムの最初のところは、一応山の森林に原点を置きたいと思います。山の森林は、ご存じのとおり、水を浄化し水を保水する能力を持っているわけです。そこから我々が利用する水資源が出発するというふうに考えていいだろうと思います。もちろん、森には保水の効力以外にもっとたくさんの作用があるわけですけれども、これはまたあとでお話しすることになると思います。

その水がだんだんに流れて、一部は表層水、一部は地下水になって川下へ流れていく。それが河川になったり地下水になったりするわけです。その河川になったり地下水になったりするところで、我々は水を利用するわけです。利用した最終の終着駅が海に入るということになります。つまり、森林から出発して海まで、水というシステムの流れを追いかけてみる必要があるだろうと。そうしないと、それぞれの産業的な立場というのは理解できないのではないかと考えます。

まず、森林から考えてみたいと思います。私、今、「ひとつのシステムとして考えろ」ということを申し上げたわけですが、システムとして考えるには、森林と河川と海というのは性格がまったく違うわけです。性格が違うというのは、物理的に性格が違うということだけではなしに、例えば所有権の問題がまったく違うわけです。森林というのは、今、2500万ヘクタールぐらい日本にあると計算されているわけですが、そのうちのおよそ30%は国有林、あとの残りの70%は公有林ないしは私有林、つまり持ち主がいるわけです。所有物なわけです。林というのはみんな所有者がいるわけです。

ですから、森林をどういうふうに管理しろとか、森林をどういうふうにすべきだという主張をするのは非常に簡単なのです。ところが、それぞれの森林は所有物なわけです。人の所有物にああせい、こうせいと言うのは、そう簡単な話ではないわけです。法の許す範囲内で、所有者は自分の持っている森林をいかように利用することもできるわけです。好きな人は、法の範囲内でゴルフ場にすることもできるわけです。それから、材木を丸裸にすることもできるわけです。そういうものを公の立場で、あるいは非常にグローバルな視点で、ああしようこうしようということが非常に虚しく響くということが、実際の問題としていくつかあるわけです。しかし、だから所有者にまかせておけばいいという話にはならないわけですけれども、その点はほかのものとまったく違うということを、まず認識しておかないといけないと思います。

 

 

 

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