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新生丸の海難に思う
  −さらばSOS−

共同船舶株式会社
元通信長 松田 清忠

 去る1月20日、わが国の近海で起きた小型漁船、新生丸の海難事件は21世紀の新しい遭難システムといわれるGMDSSの2月からの本格的移行を目前にしたものだけにショッキングでした。と申しますのも私は40年間、船舶通信士として内、外航船はじめ北洋・南水洋に働き、この間多くのSOSを聴き、自分も救いを求めてSOSをたたいたことがありますが、1992年以降は衛星利用の新システム装備を併用する中で一部心配していたことが現実に起こったからです。
 偶然ながら、今話、題の映画「タイタニック」の、1912年の海難以来、最もモールス通信の恩恵にあずかったのが漁船を含む船舶だったでしょう。1世紀にわたり多くの人命と財産を守り、救い、運航と漁獲効率を上げつつ、人と人との意志疎通に寄与して、船乗り仲間から「トンツー」と呼ばれ親しまれたそのモールス通信が去る1月31日をもって実用から消えたことは、科学技術の進歩によるものとはいえ淋しさを覚えるのは私だけではないでしょう。
 しかし、代わって登場したインマルサット衛星による通信は、世界のどの海域にあっても何の制約も受けず陸上感覚で敏速な連絡が可能な点で画期的な通信手段であります。
 ところが、GMDSSシステムはこのインマル通信と並行して、遭難信号にのみ対応するコスパス衛星があり、これに向けて発信する「非常用位置指示無線標識(EPIRB)通称イパーブ」と呼ぶ小型発信ブイは誤発射が多いのではなかろうかと考えられたことです。緊急時に即応するための設計が、厳しい海象条件、トに設置される同器の弱点ともなり、特に小型船では激しい波浪そのものや、脱落による自動発信が考えられ、また数千隻の中には人為的な操作ミスもあるだろうし、これらの誤作動が救助に混乱を与えないかと心配でした。
 果せるかな今回の救難初動の遅れについて、関係者の答弁に「経験則から」という言葉でその質実が語られておりましたが、海上保安庁としては関係先から「誤発射でした」との通知を受け、さらに同船のイパーブが数分間で停止したというのですから、救助を見合わせたとしても無理からぬ話でしょう。
 しかし、それが状況によっては文字通り命取りとなるのですから改善の望まれるところです。
 モールス初期の86年前のタイタニックのSOSも、今回の衛星利用の救難体制も、行き着くところは「扱うのは人」であり、その注意力や習熟度が結果を左右する点で同一例であるのをわれわれに教えてくれました。そしてまた悲劇の度合いに明確な差をつけたのは、手動かコンピュターかではなく、ハイテクに無関係でありながらわれらが信頼をおく現在のライフラフトだったこともです.「転覆漂流」の痛ましい映像を見ながら「必ず黄色のボートが見つかる。その中に生きている!」と家族に向かって私がつぶやいたとおりありがたいことでした。
 2月1日以降はGMDSSへ完全移行と共に従来型の専属通信上の垂船義務が緩和されるとすれば、新たな担当者を対象にますますインマル・DSC(デジタル選択呼び出し=ビーホ一)・中短、波電話そしてイパーブ等の取扱いの習熟を強くする必要がありましょう。
 もちろん、ライフラフトへ移乗の際は必ずイパーブを持ち込むことなども含め、そのための訓練を定期的に行う習慣が非常に大切だと思います。
  GMDSSの制度的改善事項として、
 (1)衛星利用の携帯無線電話方式の導入(編集注=イリジュム携帯電話がGMDSSに基づく通信設備の1つとして指定された)。
 (2)「イパーブ誤作動を自船認識できる受信アラームの設置。これにより早期に自発的に救難センターへ誤作動の通知ができれば混乱が少なくなりはしないか。難しいことではないと考えられるのです。
 (3)運用法規上の改正点として、現行2週間に1回のイパーブ作動テストの回数を1カ月あるいはより長い間隔とする。性能から見て問題ないと考えられ、これが誤発射防止の一助になろうと思うからです。

 

 

 

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