マ・シ海峡に電子海図導入
同海峡の航行安全の向上に期待
日本海難防止協会
企画部国際室長
鏡 信春
マ・シ海峡の電子海図が発刊される運びとなった。この電子海図は同海峡の航行安全に大きな福音となることだろう。
紙海図と電子海図(ENC)の使い勝手の違いは、私たちが知らない上地をドライブするときに、道路地図を見ながら行くか、カーナビを使いながらドライブするかの違いを想像すればよいだろう。地図を見ながら運転すれば前方不注意となり危険であるが、カーナビでは画面を見ながらの運転も可能である。
実際の船では、海図は操舵室後方の海図台に置かれ、航海当直上は海域の状況や自船の位置を確認するため海図台まで出向かなければならない。むろん当直上の他に見張員が配置されているであろうが、当直士の前方監視の連続性は途切れてしまう。船舶の衝突防止に関しては、周囲の船舶の動きを把握することが最も大切であり、それには連続した前方監視(あるいはARPAを含むレーダー観測)が不可欠なのである。
もう1つ、電子海図が操船に寄与する面は、なんといってもGPSとの併用であろう。GPSは衛星からの電波を受信することによって自船の位置を測定する計器で、カーナビも位置測定に利用している。GPSは、今まで使用してきた電波航法計器の中で1番精度がよく、しかも連続して測定できるという利点がある。
GPSの前段階で使用されていたNNSSは、最悪の場合丸1日位置が測れないこともあった。さらに、現在世界各国で整備が進んでいるDGPSは、GPSによる測定位置を修正し、誤差数メートルで位置を確定することができる。自船の位置が電子海図表示装置(ECDIS/イクディスと呼ばれている)に表示された海図画面上に表示されるので、針路から外れたり、ブイを見誤ることはなくなるだろう。
ECDISは、レーダー画像を重畳して表示できるものもあり、形状もレーダーと似ている。このため、当直者がECDISを見ながら前方も見える位置にECDISを設置することにより、航海者は前方の監視を中断することなく、海域の状況や自船の位置、またレーダーによる他船の動向も確認することができるのである。
ある海域の紙海図は、その沿岸国のみならず、米、英あるいは日本でも発刊されており購入することができる。例えば私たちは英国水路部が発刊したマ・シ海峡の海図を日本で購入することもできる。
これは今まで紙海図には各国間の版権がなかったためである(慣例的なものであるらしい)。このことは航海者にとっては便利なことであるが、沿岸国にとってはせっかく自国で測量した結果を海運先進国に利用され、しかもそれら海運先進国で発行された紙海図の販売量の方が圧倒的に多いため、測量に費用がかかるだけで利益は海運先進国に持っていかれるという(当該沿岸国にとって)不具合な点があった。このためかどうかは分からないが、ENCの版権は沿岸国に属するものとされている。
マ・シ海峡は、沿岸3カ国であるインドネシア、シンガポールおよびマレーシアの領海が入り組んだ海域である。このため、これらの国々がそれぞれ自分の分担海域のENCを発行した場合、海峡航行中の航海者は各国の領海に入るたびにENCを入れ替えなければならない。
また、これからある国の領海に向けて航行中、次の国のENCに入れ替えるまではその海域の表示が空白であっては利用できたものではない。今回これら3カ国が共同で1枚のENC(CD-ROM)を発行することは、航海者がマ・シ海峡をENCを利用して航行するにあたり、必要不可欠なことなのである。