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 毒魚と腹痛


毒が次々に移っていくさま

 それから10年、私はほとんど硫黄島のことを忘れかけていたとき、漁具のことで「水産ハンドブック」を調べていたら、偶然にも「毒魚」の記事を見て硫黄島の腹痛のことがよみがえった。
 その時の日誌を読み返すと腹痛の前日、久しぶりに錨泊したその夜はほぼ全員で魚釣りを楽しんだとの記述があった。
 舷側に電灯を付け皆が釣り糸を垂らした。しばらくすると、光を慕って集まってきた魚が面白いほどかかり始めた。中には海蛇のようなグロテスクな魚や毒々しい色をした魚もいたが、多くは内地でよく見かけるカマス、タイ、カワハギ、アジなどに属すると思われる魚であった。
 乗組員の中には調理担当でなくても結構上手に魚を料理する者がいた。釣りたての新鮮な魚はたちまちさばかれ刺し身に変身、久しぶりで、一パイやった。午後10時にはお開き、そしてその翌朝に例の腹痛となった。だが基地隊の人から受けた魚の注意はそのあとであった。さすがそのあとは、釣った魚は食べなかったし乗組員全員にも注意した。
 さて、毒魚の記事には次のとおり載っていた。「熱帯、亜熱帯海域の主としてサンゴ礁周辺に生息する毒魚によって引き起こされる中毒を総称してシガテラという。これは原因がはっきりしているフグ中毒などは除外される」
 私は、硫黄島で食べた魚はこの記事に当てはまるような気がした。
 さらに調べてみると「このシガテラによる症状は複雑なようで、嘔吐・下痢などの胃腹系の症状からフグ毒に似た神経系の症状まで含むといわれるが、幸い死亡率は低く、日本では死亡例が報告されていないといわれる」。
 さらに続く「この毒は、魚自体が作るものではなさそうで、サンゴ礁に生えている有毒藻類が元凶らしい。
 まず、サザナミハギのような植物性魚がこの有毒藻類を食べ、次にバラフエダイのような魚食性魚がこのサザナミハギを食べる。さらにオニカマスのような大型魚がこのバラフエダイをたべるといったように外因性のものという考えが有力視されているという。
 また、この毒魚は一定の科や属のものに限られるらしいが、これらの魚がいつまでも有毒であるとは限らないともいう」
 もし、硫黄島での腹痛の原因が毒魚によるシガテラと仮定しても、硫黄島周辺で釣れる魚がすべてシガテラの原因になるというものではなく、同種のものでも毒がないものもいるはずだが、私の食べた刺し身にはたまたま毒が含まれていたのかもしれない。運が悪かったのだ。

 大阪で毒魚

 さて、平成7年11月2日の朝日新聞日曜版に「毒魚都会の市場に出回る」という記事が出ていた。
 何でも大阪で9月末起きたことである。スーパーで買ってきた魚を13人が食べ、9人が入院する食中毒が起きたという。うち1人は一時意識不明の重体に陥るほどだったらしい。
 原因は、時期により猛毒をもつアオブダイという魚であったという。この毒はパリトキシンといって、症状は筋肉痛、しびれ、呼吸困難で、時には腎不全、不整脈が起き、死ぬこともあるというものでシガテラよりずっと恐ろしい。
 これもサンゴ礁に関係があってそこに住むパリトキシンを持つイワスナキンチャクを一緒に食べた魚が毒を体内に取り込むという見方があるらしいが、本当のことは分かっていないという。
 毒魚では最もよく知られるフグ(テトロドトキシン)、それにサメやイシナギの肝臓に大量に含まれるビタミンAによる急性中毒などがあると出ていた。
 これらの毒魚の中でシガテラは軽い方かもしれないが、腹痛とか下痢はいやなものなので、船上へ釣り上げた魚がシガテラの毒やさらに恐ろしい毒を含んでいるかどうか見分けがっかない以上、南の海、とくにサンゴ礁のある海の魚は一応疑ってみて、地元の人に見せ毒の有無を確認するか、いっそたべない方がよさそうに思う。

 大洋で釣った魚には毒がない

 硫黄島でのその後を思い出すと、夜電灯をつけて楽しみで釣りをしていると光を慕って沖合から突っ込んでくる飛び魚が舷側に激突して脳震とうを起こしたものを“たも”ですくって刺し身でよく食べたが、下痢をしたことは1度もなかった。
 最後に、終戦直後米国から復員輸送船として借りたリバティ型貨物船(7千トン?型)に乗船していたとき、搭載してあったライフラフトの備品に魚釣り用具があり、それには次のように書かれていたと記憶する。
「大洋で釣った魚には毒がない」


筆者が硫黄島基地隊PXで求めた帽子




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