海の気象
神戸コレクション
気候問題への歴史的
海上気象データの利用
真鍋 輝子
(気象庁気候・海洋気象部
海上気象課主任技術専門官)
はじめに
海上を航行する船舶の安全に重要な海上気象の予報や警報などの情報発表には、海上の気温、気圧、風、波浪、海面水温といった海上気象観測データはなくてはならないものです。こうした船舶による観測通報は古くから重要視され、海難防止を目指した海上気象観測の国際協力体制が論じられたのは、1853年の第1回国際気象会議にさかのぼります。
船上で気象観測しそれを記録した観測表については、100年を超えるものが残されている国もあります。こうしたデータは、観測通報された当時、各国の気象機関で利用されていたものですが、長い歳月を経た今、再び脚光を浴びています。
現在地球温暖化などの気候変動問題の解明は、人類にとって緊急かつ重大な課題となっていますが、気候変動について正確に把握し、それを今後の予測に生かすためには、できるだけ長期間にわたる信頼できる観測データが必要です。
海は地球表面の7割を占め、都市化の影響もないため、地球温暖化について調べる上で海上気象のデータはなくてはならないものです。このため船舶からの海上気象の観測表をできるだけ多く掘り起こし、それをデジタル化してコンピュータで容易に処理できる形にすることが非常に重要で、世界気象機関(WMO)では、海上気象資料の発掘・保存・デジタル化したデータセットの整備・構築を呼びかけています。
神戸コレクション
わが国では、船舶による海上気象観測・通報は今から100年以上前の1889年(明治22年)に始まりました。当時は東京の中央気象台(気象庁の前身)に、その後1920年(大正9年)に神戸に海洋気象台(現在の気象庁の神戸海洋気象台)が設立されてからは海洋気象台に、海上を航行する船舶からの海上気象観測表(図1)が集められていました。
1960年(昭和35年)以降に、気象庁が観測データを随時デジタル化して利用するようになるまでの約70年分の商船等によるデータは約680万通に上り、これらは長く神戸海洋気象台に保管されていました。
この貴重なデータは、世界の海洋学関係者の間で「神戸コレクション(the Kobe Collection)」と呼ばれています。
1961年(昭和36年)には米国海洋大気庁(NOAA)との協力により、データの有効利用と保存のため、すべての船舶観測表がマイクロフィルムに収録され、かつ、このうち1933年(昭和8年)以降の観測データ(約270万通)がデジタル化されました。
デジタル化されたこのデータはさまざまな調査研究に広く活用されてきています。
しかし、1933年以前のデータについては、最近までマイクロフィルムで保管されていて調査研究を行うのに利用しにくい状態であったため、そのデジタル化が強く望まれていました。
日本財団補助事業によるデータセットの整備・利用
こうしたことを背景として、残る約400万通を活用するべく、平成7年度以来、(財)日本気象協会では、日本財団の補助金による公益事業として、山元龍三郎京都大学名誉教授をはじめとする専門家の協力を得て、神戸コレクションをデシタル化とそれをもとにした解析が行われています。
平成7、8年度には補助事業「波浪特性等の長期変動解明のための北太平洋の気象データセットの整備」のなかで、世界的にデータの少ない時期である第1次大戦前後を中心にデジタル化作業を進め、約103万通のデータがよみがえり、それを用いた海上風、波高、うねりなどの気候図の作成が行われました。
<図1> 1890年の船舶観測表の例
