救命衣と型式承認
法規制がないから救命衣を着用しないのかというと、そうではなく、やはり救命衣の作業性の悪さが1番の原因でした。
「命に着せる救命衣」というほど大切な救命衣であることは、たいていの漁業者は十分理解しているが、それでも着用しません。
その理由は、着用すると重くて動きづらい、暑い、通気性が悪く蒸れる、格好が悪い、が代表的なものでした。
漁業者の考え方に多少の甘さがあったとしても、結論的には既存の救命胴衣は漁労作業には適さないということでした。
これは当然のことで、船舶安全法に基づく型式承認試験基準に適合した救命胴衣は、もともと海難に遭遇した船舶から脱出する際に着用するためのもので、海に投げ出されても安全に生存できることを最大の目的としており、救命胴衣を着用しての漁労作業は想定してないと考えられるからです。
たとえば、小型船舶用救命胴衣を着用した場合、作業に支障がないことが基準とはなっていますが、一方顔面を水上に支持し、垂直より後傾の姿勢で浮遊できることとか、浮力が7.5キログラム以上などの基準があり、これに適合しなければなりません。
人間が救命胴衣を着て水上で後傾姿勢をとるには、一般的には前面の浮力を背面より大きくする必要があり、当然前面の浮力材を背面より厚くしなければなりません。
また、浮力材も全体的に多く使用することになり、前かがみになりにくいなど、ある程度の動きが制限され、作業性を欠くことは否
定できないと考えられます。

漁船からの転落浮遊実験(浜益漁港)
調査研究委員会の設置
海中転落などで失う漁船員の命を守るため、事故率が高く法的に救命胴衣の備え付け義務のない5?未満の小型漁船乗組員を対象として「着ないより着た方が断然にいい」という発想で、漁船員の視点に立った軽くて着やすく作業性に優れた救命衣の開発を目的として、日本財団の補助金を受け、平成5年に当センターに「小型漁船用常時着用型安全衣基準調査研究委員会」を設置しました。
委員長は天下井清教授(北海道大学水産学部)、委員は1管本部・北海道・メーカーなどの専門家や漁業者の代表で構成されています。これに併せて試作品の作製等のため、作業部会を設けています。
委員会は、安全衣の開発に2年をかけています。
第1年度は漁業種別実態調査や救命衣に関するアンケート調査を実施。この調査結果を参考に安全衣の試作品を作製し、その浮力・浮遊・耐寒・佐業性等の試験を実施しています。
第2年度は初年度の結果に基づいて、ベスト型3点と合羽型3点(1点は膨張式)の6種類の、安全衣を作製し、漁業者に試着してもらい、問題点、改良点などについて聞き取り調査を実施しています。

プールで浮力実験(根室市温水ブール)
安全衣の浮力
船舶安全法に基づく救命胴衣の浮力は、7.5キログラム以上ですが、開発した安全衣の浮力は6.5キログラムです。漁業者のニーズにあった軽くて作業性の良い安全衣となると、浮力を少なくし全体をスリム化する必要があります。しかし救命衣の命はあくまでも浮力です。漁業者に安心して着用してもらうため、人間が頭を水面から出して呼吸を確保しながら、垂直姿勢で浮くための必要最小浮力の水中実験を行っています。
この結果、下着、作業衣などの着衣を考慮しても6キログラムで十分であったが、安全を見込み6.5キログラムとしています。