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沿岸漁船の事故防止について

東京水産大学 教授 宮澤 晴彦


筆者

はじめに

 平成8年度からスタートした沿岸漁業就業者確保育成事業(水産庁補助事業)では、沿岸漁業の労働安全対策を事業の柱の1つとして位置づけている。筆者は労働安全対策の委員としてこの事業に関わってきたが、その過程で改めて沿岸漁業における事故防止・安全対策の重要性を痛感した。それは沿岸漁業の事故発生率が依然として高く、また、それにもかかわらず未だ安全対策が十分とはいえない状況があるからである。
 たとえば全国漁業協同組合連合会の調べによれば、平成8年度の沿岸漁業における事故発生件数は海難事故と労災事故の合計で1,033件となっている。同年の沿岸漁業就業者総数が244,100人であるから、漁業者の236人に1人は事故に遭遇した計算になる。つまり、中規模の漁村で1年に1件の事故が発生しているのだから、これは軽視できない高い値といわなければならない。
 また、事故発生件数は近年わずかながらも減少傾向で推移しているが、周知のように沿岸漁業就業者数が年々減少しているため、事故発生率は依然として高水準にあるといえる。しかも1,033件のうち死亡事故が1割強(119件)を占めており、また、死亡事故の半分以上(56.3%)が60歳以上の高齢者によるものとなっている。
 このように、沿岸漁業では依然として事故発生率、死亡率が高く、特に高齢者の事故が深刻化しているのだが、これに対して安全対策は各方面で様々な努力が積み上げられてきたものの、そうした努力の現場への浸透、あるいは漁業者白身の実践的かつ継続的取り組みという点でなお弱点を残しているように思われる。
 安全確保は基本的には個々の漁業者の責任に属する問題かもしれないが、これだけ多発している事故を個人の、不注意だけとするわけにはいかない。当面する事故防止・安全対策の課題は何か。事業の取り組みを紹介しつつ、ポイントとなる事項について私見を述べてみたい。

労働安全対策事業の概要

 労働安全対策事業(略称)では、平成8年度に漁業者向けの啓発パンフレットを作成し、全国の沿岸漁業者にこれを配布して事故防止・安全対策の運動化を呼びかけた。そして、平成9年度には指導者向けのマニュアル『沿岸漁業の安全対策・指導者の手引き』を作成し、安全対策の具体的進め方を提示している。
 このマニュアルは、第1章・事故と対策について、第2章・漁協の担当者のために、第3章・事故発生未然防止のための対策の3章から構成されており、これに事故防止・安全対策に関する参考資料が添付されている。
 第1章では事故の発出状況とその要因、および安全対策の基本的なあり方について述べている。
 第3章では具体的な安全対策上の指導事項を事故の種類別、漁業種類別に解説しており、これだけでも沿岸漁業の安全対策についてほぼ全面的に対応可能な内容を有している。
 だが、このマニュアルのより重要な特徴は第2章にある。この章では、事故防止・安全対策にとって漁協ぐるみの組織的運動が決定的に重要であることを強調し、漁協等の担当者が運動を進める上で必要な具体的手だてを詳細に解説している。こうした運動論の提示は従来の安全対策関係パンフレット等ではほとんどみられなかったものである。また、巻末の参考資料は運動推進に必要な資料、情報を満載しており(たとえば、ここでは安全対策関係のこれまでに作成されたビデオやパンフレット類をほぼ網羅的に紹介している)、関係者にとっては大変役立つ内容となっている。
 なお当事業では、このような安全対策の手引きを作成するとともに、事故防止・安全対策全国会議を毎年開催し、全国の経験交流等を通じて安全対策の全国運動を組織するよう漁協系統組織に広く呼びかけている。事業の3年度目に当たり、今後は手引き等を実際に活用し、運動の一層の展開と経験の蓄積を図る必要があろう。

 

 

 

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