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海の気象

長崎湾の「アビキ」
今井 正直 
(長崎海洋気象台
海 洋 課 長)

 この「海の気象」の欄では、過去、1983年2月(第289号)と1988年12月(第359)にアビキについての記事が掲載されました。それから約10年が経過しました。幸いにもその間に大きなアビキの発生はありませんでしたが、アビキに対しては常に十分な注意が必要です。
 ここでは、近年のアビキの発生状況を報告し、アビキについて再び注意を喚起することにします。

アビキとは

 長崎湾では、春先を中心に、多くは穏やかな晴天時に数十分の周期を持つ顕著な海面の振動が発生します。
 これは、長崎湾の副振動(満潮と干潮による大きな海面の振動を主振動と考え、これに対して短い周期の港湾の固有振動を副振動と呼びます)でアビキと呼ばれ、この土地では古くから知られています。
 アビキという名称は、湾内での漁において網が流されること=網引きが語源であると言われています。
 この副振動は奥まった内湾なら大なり小なりどこにでも発生していて、特に珍しいわけではありませんが、長崎湾の副振動は他の湾に比べて振幅が非常に大きく、しばしば被害を出します。
 副振動は、通常、風、気圧の急変、津波、高潮等を原因として海洋に発生する長波により誘起されますが、長崎湾の副震動は、台風の通過のような激しい気象擾乱のときにはあまり発達せず、春先の晴天時に通過する気圧の微少変動(気圧ジャンプや振動)によって励起されることが多いのが特徴です。
 また長崎湾では、港湾の固有周期と外海から入ってくる長波の周期が近く、共鳴しやすいため、副振動の振幅が大きくなります。

アビキによる被害

 アビキ時には、係船した船の流出、沿岸施設の破損、荷役への影響、大潮期の満潮時ならば低地への浸水、干潮時ならば小型船の座礁等の被害が発生します。
 ここでは、観測史上最大のアビキが起こったときの長崎湾における被害を紹介します。
 図1は、1979年3月31日の長崎検潮所(松ケ枝岸壁)における潮位記録です。このアビキの長崎検潮所における最大全振幅(潮位変動の山から谷)は278センチに達しました。湾奥では470センチに達していたと推定されています。
 この時、アビキにより係留ロープが切断され船5隻が漂流し、内1隻が稲佐橋に激突し大破しました。
 また、三菱重工長崎造船所の第2ドックでは、修繕船入渠のために注水してドックの内と外の水位差がほとんどなくなっていた時にこのアビキが起こり、急激にドックの外の水位が下がり、ドック内の水圧に耐えきれなくなったドックのゲートが転倒しました。
 このドックに入渠する予定であった修繕船はこのために港内のブイに係留することになりましたが、アビキに伴う湾内の激しい流れのために操船・係留に大変苦労したということです。
 アビキの時にはこのような被害が発生する恐れがありますので、長崎海洋気象台では長崎検潮所で観測している潮位の副振動の全振幅が80センチを超えると警戒態勢に入り、100センチを超えたときまたは超えると思われるときにはアビキに関する情報を発表しています。

〈図1〉1979年3月31日の観測史上最大のアビキの長崎検潮所における潮位記録

 

 

 

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