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農耕民族と海


岡本 さて、今日の対談のテーマ「海と日本人」について何か話さなければ……。むずかしいテーマですね。
 日本人はこれだけ海に囲まれていながら海洋民族ではないのですね。本質的には農耕民族ですから、自然をどんどん征服してということではないのです。一定の雨量のある平坦地をみんなで共同作業して耕して雑草をとって、季節に合わせて稲を育てていく。海はよほどたくましく征服しようとする気概がないと、死が待つ恐ろしいところです。
 因幡の白兎だって海に落ちてワニに毛をむかれるわけです。山陰地方ではサメのことをワニといいますが。日本古来の考え方の中では海は親しむところではなく、それゆえヨーロッパ的な行動性はなかったのでしょう。
 塩野七生さんの「ローマ人の物語」という大作があります。これはすばらしい本で、これを読みますと、地中海はアフリカ大陸や東方も陸に囲まれており、かつ入り組んだ海岸線のところが多く、ローマ時代はいかに海を利用し、いかに地中海を制するかが国の命運を分けたのです。
 例えば、イタリア半島からバルカン半島や東方の国々、アフリカを攻めるには、まず船を建造して大船団を組んで行くとか、交易でも地中海のどこへでも船を動かす能力が国力を左右したようです。


海を大切にする心


岡本 話をもとに戻しますが、日本は海を大切にしないというように思いますが、海辺などをご覧になってどう思われますか。

沼田 今までは海の恩恵を受けるばかりで大切にしなかったと思いますが、魚が少なくなり、安全が犯され、生活に直接影響することが多くなってきたので、これからは変わると思います。生活がかかってくると、変わるようです。
 この間、岩手県の室根村というところに行ったのですが、そこは「森は海の恋人」というテーマで村づくりをしているところです。その海側にある宮城県唐桑町の牡蠣の養殖がだめになったのです。
 それは上の方で木を切るので森の栄養が海にとどかなくなったからだそうです。
 そこで、海と山の人たちが森に木を植える運動をして豊かな海にもどそうとしています。子供たちも植林に参加して、いかに自然が大切かを体験してもらったわけです。これから一番大事なのは子供たちへの教育だと思います。
 海の見えるところの人だけが海を大事にするのではなくて、日本全体で考えなければならない問題でしよう。

岡本 海がただあるだけで自然に海洋民族になれるとか、海を大切にするとか、海に親しむようになるとかということは、私は残念ながらないと思います。
 例えば沖縄には泳げる人が非常に少ないのです。海とかかわりがかえって少ないのです。そこで海を意識しないで壊してしまう。ですからいわれましたように子供たちの問題は非常に大きいと思います。要するに日本は島国ですが、海洋民族とはならないわけで、むしろヨーロッパ人と比べると鎖国など海とのかかわりを拒否してきた方ですから。
 海がすばらしいものであって、海とのかかわりは日本人にとって大切だということを子供に意識的に教え込んでいく必要があると思います。
 私は海が非常に好きですから、車で道を走っていても海の方へ向けて海にぶつかるところまで行き、そこから海岸線に沿って走りまた海側に道があるとその方向へ行きます。ですから海岸線はたくさん見ていると思います。特にアメリカでは、東海岸、フロリダ半島、メキシコ湾、西部の太平洋岸と全部の海岸線を車で走っています。
 アメリカという国は特に環境保護に厳しい国ということもありますが、海岸線を大切にすること、人の生活との見事な調和は、心からうらやましいですね。日本は当局に文句をいいたいのですが、平気で海岸を埋め立て、道路を造っています。それに護岸工事で消波ブロックもやたらに増えますし、人工の物が海にせり出していくと海を大切にしなくなると思うのです。

沼田 安易に海岸線を壊しているようですね。海や海岸を撮るアマチュアの写真家も多いのですが消波ブロックは絵になりませんね。避けて撮るとなるとせっかくのスケールを表現できずこじんまりしてしまいます。
 日本人はいろいろな規制の中で上手にまとめて写真を撮りますが、どこをねらっても絵になる風景を多く残しておきたいですね。

 

 

 

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