衛星イパーブが救った8人の命
(社)全国漁業無線協会
業務部長
山崎 保昭
平成9年5月8日、中部太平洋マーシャル諸島北方海域での操業を終え、帰港の途についていた臼杵漁業無線局所属のまぐろ延縄漁船第81豊栄丸(96?、8人乗り組み)は、同局との定時連絡終了後、引き続き行われた沖合における僚船とのQRY(漁況交換連絡)の最中に「火事だ!」の連絡を最後に連絡を絶ちました。
事故後約36時間、救命いかだで漂流していた同船の乗組員8人全員は、僚船の保栄丸に無事救助されました。
臼杵漁業無線局および関係者の報告によりますと遭難から救助までの概要は次のとおりです。
(1) 平成9年5月8日午前6時ごろ、第81豊栄丸の僚船保栄丸から臼杵漁業無線局に「QRY中に第81豊栄丸が“火事だ!"の一言を最後に連絡を絶った」との連絡が入る。
(2) 同局では、直ちに第81豊栄丸の火災発生による遭難を第10管区南九州統通および地元海上保安部署に通知。
(3) 第81豊栄丸は、火災発生数分後に衛星イパーブ(非常用位置指示無線標識=船舶が事故に遇うと自動的に人工衛星に向かって緊急信号を発信する装置)を取り外し救命いかだに移乗、救命いかだから直ちにイパーブ発射。
(4) 遭難を知った近くの僚船と、イパーブによる緊急信号をキャッチした第1管区海上保安本部のヘリ搭載巡視船が遭難現場に向かう。
(5) 同時に、緊急信号をキャッチした米国沿岸警備隊の飛行機が現場付近に急行、救命いかだに乗った複数の乗組員を発見。医療品や食料等を投下。付近で炎上中の船を確認する。
(6) 第3管区海上保安本部の航空機が、漂流中のいかだに乗った8人全員を確認。投下した無線機で「全員無事で元気」と交信。
(7) 火災発生の無線連絡から約36時間ぶりに、遭難現場にいち早く到着した僚船保栄丸に乗組員8人全員無事救助される。
(8) 救助された乗組員は、漁を終えた僚船の第78新貢丸に移乗し帰国の途に着き、遭難から9日後の5月17日、和歌山県那智勝浦港に帰着。
この事故を振り返ると、まず船長の果敢な決断と有事における乗組員の冷静な行動が「感動的な救出劇」につながったといえます。また、それを陰で支えた「GMDSS(世界的な海上における遭難・安全制度)体制」と「漁業無線の綿密なネットワーク体制」さらには「両者相まった相互連絡体制」の有効性をあらためて再認識しました。今後とも漁船漁業の安全操業を確保するための糧にしたいものです。
火災による遭難の場合、遭難船においては、いち早く脱出することが生死を分ける要素の1つであるケースが多いことから、当然のことながら救命いかだ等に移乗した乗組員との捜索救助通信の確保が重要です。第3管区海上保安本部の航空機からの無線機の投下が連絡確保に有効でした。
この遭難で特筆されることは、イパーブからの第1報をほぼ瞬時に全世界の陸上捜索機関がキャッチし、遭難から救助まで海陸一体となって展開されるGMDSS体制に加えて、「漁業無線のもやい綱」がかけがえのない尊い命を救ったといっても過言ではないということです。
参考写真(この記事とは関係ありません)
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