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ドヴォルザーク:交響曲第8番卜長調作品88

 

1885年春に交響曲第7番ニ短調を完成し、これをロンドンで初演して大成功を収めたドヴォルザークは、その後しばらくの間このジャンルから遠ざかっていたが、4年あまりのちの1889年の夏、ようやく新しい交響曲の作曲に着手した。筆はすこぶる順調に進み、lヶ月足らずの間にスケッチが完了、11月初めには早くもスコアが完成している。初演は翌1890年2月2日、作曲者自身の指揮のもとにプラハで行なわれた。こうして誕生した第8交響曲は、のちの第9番ホ短調《新世界より》に匹敵する、あるいはそれを凌ぐ名作といってよく、最近は人気の点でもその差がなくなりつつあるようである。

これら2曲の名作交響曲は、しかし性格的にはむしろ対照的な一面をもっている。《新世界より》の場合、ボヘミアはもちろん、ヨーロッパ各地ともまったく異質の雰囲気の中で、すなわちアメリカという土地で作曲されたという特殊事情が、音楽そのものにも色濃く反映された。たとえば曲に湛えられたボヘミア的な感情にしても、それが郷愁という形をとっているだけに訴えが強烈である。また黒人やアメリカン・インディアンの音楽の語法を取り入れるなど新しい試みが採用されている一方で、形式的には伝統にほぼ忠実である。これに対して第8交響曲は、ボヘミアの民族的色彩がさらに濃厚であるとはいえ、その発露はより穏やかかつ自然で、そのためにかえって、ドヴォルザークの思いのたけが存分に、また流暢に述べられた印象を与える。これはおそらく、この曲の筆がヴィソカーの別荘で、つまリボヘミアの自然のまっただ中で進められたことと関係があるに違いない。

一方ドヴォルザークはこの交響曲を、“ブラームスの作品をできる限り思い浮かべないようにしながら”作曲したといわれる。もちろんこの時期にはすでに、それまでに吸収したドイツの古典ロマン派の伝統的な手法はドヴォルザークの個性の中ですっかり消化されていたから、そこから大きく離れることはもはやあり得なかった。しかしこの曲が、形式と内容の両面で、彼の交響曲中最も独創性に豊んだ作品であることは否定できない。こうした発想の自由はまた、ドヴォルザークの旋律を生み出す天才的な能力を存分に引き出し、この交響曲を、素朴で自然な美しさの点で極立たせる結果にもなったのだった。

なおこの曲は、ときに《イギリス》の名で呼ばれることがあるが、これは楽譜がイギリスの出版社から出版されたという、あまり重要でない事実によるもので、曲の内容とはまったく無関係である。この愛称は、ロンドンのフィルハーモニー協会の依嘱で作曲され、初演もロンドンで行なわれた第7交響曲にむしろふさわしい。

第1楽章 アレグロ・コン・ブリオ ソナタ形式

第2楽章 アダージョ 極めて自由な 3部形式

第3楽章 アレグレット・グラツィオーツ 3部形式

第4楽章 アレグロ・マ・ノン・トロッポ 変奏曲形式―主題はチェロで呈示される。

 

手塚幸紀(指揮)

Yukinori Tezuka, conductor

 

東京に生まれる。1958年東京芸術大学器楽科のフルートで入学。1960年より1年間、斎藤秀雄のもとで指揮法を学び、1962年より学内で指揮活動を行う。1964年に東京芸術大学指揮科に再入学、渡邊暁雄、山田一雄両氏に師事する。

1967年民音指揮者コンクールで第1位を受賞し、注目を集める。翌1968年芸大卒業と同時にヨーロッパ各地を回り、ベルリンで学ぶ。この間にRIAS放送のためベルリン放送交響楽団を指揮する。1969年帰国。1970年2月日本フィルハーモニー交響楽団指揮者に就任、日本フィルをはじめ各オーケストラの定期演奏会や、テレビ、ラジオに出演し活動を広げる。1971年文化庁派遣海外研修員としてヨーロッパ・アメリカで研修を積み、翌年帰国

1972年10月から1983年3月まで大阪フィルハーモニー交響楽団指揮者、1983年4月から1985年3月まで京都市交響楽団正指揮者をつとめ、また1972年から1992年までは新日本フィルハーモニー交響楽団指揮者団に名を連ねた。さらに1987年4月から1992年3月まで群馬交響楽団常任指揮者に就任をつとめて群響の発展に力を尽くした。また、1996年9月より神奈川フィルハーモニー管弦楽団の常任指揮者に就任、ますますの活躍が期待される。

日本の全国主要オーケストラと活発にコンサートを行っており、新日本フィルハーモニー交響楽団の定期演奏会でのショスタコーヴィッチの交響曲(1993年1月、12月)、愛知県芸術劇場でのプッチーニ作曲歌劇「蝶々夫人」(1993年10月)、日生劇場でのウェーバー作曲歌劇「魔弾の射手」(1994年11月)などを指揮し、いずれも高い評価を得ている。

 

 

 

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