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佐藤昌弘君のこと

 

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松村禎三

 

東京芸術大学作曲科には成績優秀な学生のみ、三、四年次の二年間、同時に希望する二人の教師に指導を受け得るという特典があり、即ち、佐藤昌弘氏は三年の時から私のクラスに現われるようになった。今から十二年前のことになる。彼は入学以前から一貫して佐藤眞氏に師事しており、当時既にドイツ表現主義の美意識を通過した自らの語法を持っており、レッスンでは激しい楽想の断片に出会うことが多かった。私の作風とはかなり違うものだが、彼が私を第二の教師として選んだそのことに私の方がある新鮮な興味をもって接したのを憶えている。

彼は卒業後も今日に至る迄、時に応じて私の前に現われる。彼の作品をその都度見せてもらってきたし、私の仕事のハードな手伝いをしてもらったこともある。

彼はある時期アルバイトで音楽関係の雑誌の仕事をしていて、そこで最晩年の池内友次郎先生のインタヴュー記事を作ったことがある。殆ど世代的に触れ合うことがなかった彼が、実によく同業の大先達のことを研究し、理解していて、出来上がったのは充実した内容のものであった。彼の謙虚さと心の動きの柔軟さをあらためて思った。晩年、接する人間を厳しく選択されていた池内先生も彼の人柄に大変好印象を持たれたようであった。

怜利であり、活気のある若者であり(今も尚そうである)、それでいてつねに自らを出そうとしないで先づ相手の発言とその奥にひそむ内容を把握しようとする爽やかな風情がある。時にはあまりに早く合点してしまうので、調子がよすぎるのではないかと思うことさえあるが、それでいて、ある土の匂いのするような朴訥な人柄がほの見えるところが面白い。作風を見ても、絶対に自らの語法を変えようとしないしたたかさがその底に流れていることがわかる。

彼の作品は何年か前にこの日本交響楽振興財団に応募して入選し演奏されている。前回もそうだが、今回の総譜は審査員の誰もが驚く程、精緻に神経の行きとどいた美しい書体のものであった。

一度入選し乍ら再び応募したということは、今の若い世代の作曲者達にとって、管弦楽曲が演奏される機会が如何に乏しいかということの証明である。二度とも入選したのは彼に確実な力があることの証明でもあるだろう。今回の曲が、更なる未来への可能性を示しながら、彼が一歩一歩大きい作曲家へと成長していることを証明してくれれば何よりだと心より願っている次第である。

 

 

 

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