借地借家法改正
定期借家権導入の効果
八田達夫(はった・たつお) 大阪大学社会経済研究所教授
日本の持ち家の平均面積は、すでにイギリス、フランス、ドイツよりも広いにもかかわらず、借家の平均面積はそれらの国よりも著しく狭い。借家のうち床面積が80m2以上のものは、フランスで52%、ドイツで42%であるのに対して、日本は6%でしかない。日本では、特別に厳しい正当事由制度と継続賃料抑制主義のため、借家をいったん貸してしまえば、借家人に安い家賃で半永久的に居座られることを家主は覚悟せねばならない。このため現在の日本では、長期間住み続けるのにふさわしい家族向けの新規の借家が供給されていない。残ったのは、回転率の高い学生や若夫婦向けのアパート、借家のみになった。このために、ヨーロッパと比べて借家は小さいものばかりになったのである。
この現状を抜本的に改革するのが新規借家契約に限定した定期借家権の導入である。
[定期借家権]
新規に設定する借家契約について、当事者の自由な合意によって選んだ契約期間(たとえば3カ月、半年、1年、2年等)を満了すれば、確定的に借家権が消滅する借家権。
[定期借家権制度の骨子]
1] 既存の借家契約については、従来通り正当事由制度による借家権保護を続ける。
2] 新規に締結する借家契約については、従来型に加え、新たな選択肢として定期借家権を設定できることにする。
定期借家権導入で、「ミスマッチ持ち家」が解消され借家が増加する
定期借家権が導入されると、持ち家の転換による借家供給が、ただちにかなりの規模で起きるであろう。イギリスでは、1988年に定期借家権が導入されて以来、個人の持ち家が借家に転換されて大量に供給された。このため1994年までの間に借家ストックが10%増大した。イギリスでは、都市間の失業率の差が大きい。1990年前後には、住宅価格が低迷していたために、転職のために他の都市に移住しようとする人が、自分の持ち家を売れずに困っていた。ところが、定期借家権ができたために、持ち家を人に貸すことができ、移住や転職ができるようになった。こうして個人の持ち家が大量に借家として供給されたのである。
[イギリス]
1988年に定期借家権導入→1994年までに借家ストック10%増大
日本では、本当は別の家に住みたいのに、やむを得ず現在の持ち家に住んでいるという「ミスマッチ持ち家」が大量に存在している。定期借家権を導入すると、イギリスと同じように、日本でもこのようなミスマッチ持ち家が大量に借家として供給されるであろう。家主は、家賃収入を原資にして、自分が最も望む住居に住めるようになる。特に、次の2つのミスマッチが顕著に解消されるであろう。
1:高齢者の住宅ストックのフロー所得化が起こる
子どもが独立(夫が死亡)した後では大きすぎる住宅に住みながら、フロー所得に不自由している老人夫婦(老婦人)は多い。老人は、できることなら大きな持ち家を借家にして、家賃収入の一部を原資に比較的安い賃貸マンションに移りたい。そうすれば、家賃収入のかなりの部分を生活費に使うことができる。借地借家法のために現在はそれができないが、定期借家権が導入されるとそれが可能になる。
[ストックとフロー]
ストック=ある一時点において変化しない経済諸変数(土地、株式、預金など)
フロー=一定期間内に流れた量(所得、投資など)
『経済辞典』(有斐閣)
さらに、定期借家権制度が導入されれば、老人は持ち家を人に貸し、貸家収入で、高齢者用施設の整った集合住宅高齢者用施設の整った集合住宅入れるようになる。アメリカでは、この10年来、アンステッド・ハウジングという夫婦揃って老後を暮らす高齢者用の賃貸住宅施設が、民間で大量に供給されるようになった。多くの老人は、自分の持ち家からの家賃収入によって、このような施設に入居している。日本のように、有料老人ホームに最初に巨額の金を払い込むよりは、月々支払うシステムのほうが老人にとって安全である。またアンステッド・ハウジング側にとっても、老人が確実な家賃収入があることがわかれば安心である。老人が、家を人に貸せるようになれば、日本でも民間の高齢者用住宅市場自体が急速に発展することになろう。
[アンステッド・ハウジング]
夫婦揃って老後を暮らす高齢者用賃貸住宅施設。