央銀行の言い分は、学者よりも私の方がよく知っている。日本の一部の専門家というのは何かおかしい。実証とか、理論とか、細かいデータとか、文献とか、私の知らないことはいくらでもあります。ところが、日銀が何を言っているかなんて、役人に話したってしょうがない。私の方がよく知っているのです。
IMF批判の視点
IMFに対して、今、批判が集まっています。日本の方の批判を読むと、IMFが急にやり過ぎるのがいけない。漸進的にやるべきだとおっしやる方が多いようですが、私は、ゆっくりやればうまくいくという根拠は何もないと思うのです。急にやればうまくいくという根拠もないのですが、ゆっくりやればうまくいくという根拠もないと思うのです。たとえば、日本の不良債権処理のことを考えてみますと、ゆっくりやっても全然うまくいっていないわけですから、もっと思い切ってやっていたらうまくいったという可能性の方が高いと思います。とはいえ、92年にぱっとやろうとしても、それでは世の中通らないだろうし、パニックになったかもしれませんけれども、うまくいっていたかもしれない。ですから、ゆっくりやってうまくいくという根拠は何もないのです。「ゆっくりやればうまくいく」というのは、役人と同じなのです。役人は、「先送り・後回し」といわれて、非難されているのですが、「IMFはゆっくりやるべきだ」というのは、「IMFは先送り・後回し」しろというのと同じです。もちろん「先送り・後回し」でもうまくいくかもしれません。そんなことはわからないです。なぜなら、事実がどの程度ひどいのか、だれも知らないからです。個別の事情についてよく知らない以上、何がいいのかはわからない。
ゆっくりやればいいと思い込むということ自体が、間違っていると思います。役人がそう思うのは、それが体質なのだからしょうがないと思うのですが、関係ない人が、なぜそう思い込むのかわかりません。日本がだめになったのは、そういう役人文化にすべての人間が心を支配されているからだと思います。
IMFについての、ウォール・ストリート・ジャーナルとか、フィナンシャル・タイムズとか、ロンドン・エコノミストの議論というのは、そういうものではないのです。あるいはフェルドシュタインとか、クルーグマンとか、サックスの議論というのも、そういうものではないのです。だれか何を言っているかを、きちっと整理する余裕がなかっ