3.2 航路状況
冷戦下では、北極海は冷たく熱い海域であり、氷況についても両大国の軍事目的による綿密な調査、観測が行われていたが、不幸にしてこれらの情報は未だに闇の中にある。氷況データについて軍事用、民間用の明確な区分はあり得ず、INSROPにおいても、氷況データの開示についてはロシア側との協議がPhase IIに至るまで長らく続けられた。
総論として想定航路周辺の氷況が商船の運航を許さない程厳しいことはないのか、氷況の季節変動はどの程度のものなのか、これらの設問に答え得る情報入手は、NSRが商業航路としての是非を論ずる上での第条件である。経年的にも季節的にも変動の激しい北極海の氷況について統計的に有意な結論を導くためには、膨大な過去のデータを必要とする。
INSROPデータ・ベースとしてロシア側から提供された氷況データは、決して充分なものとは言えないが、ロシアに関わる本事業以外の国際協力事業と比較すれば、NSRに対するロシア側の熱意と我が国に対する信頼の程が窺われる。
提供された氷況等から判断する限り、現在の船舶設計技術及び航法技術と砕氷船等の航行支援を前提とすれば、技術面ではNSRは充分商業航路として成り立つ可能性を持っていることが明らかになった。
NSRの商業航路としての妥当性については、相当数の試験的商船運航、あるいは氷況データ及び経済条件をベースにした航行シミュレーションを行って評価する必要があり、Phase IIでは、そのための航行シミュレーションを実施している。商業的な評価では、当然のことながら海運市場の動向が問題となるから、現状予測を基とした推定がNSR航路の最終的評価となる訳ではないことは言うまでもない。
海洋の理解は、商業ベースで運航される船舶から齎される様々な情報、資料に負おうところが多い。現在は、人工衛星によるリモートセンシング情報が主体となり、一般船舶への期待は少なくなったとは言え、詳細情報の提供体として、シートルース、つまり、人工衛星データ較正のための情報源として、特に極海では、今後船舶運航によって齎される情報は欠くことのできないものとなろう。
3.3 航行支援システム
航路沿いに然るべき間隔で燃料及び主要な航行用資材を供給し得る港湾施設があり、商船の航行を支援、補助する砕氷船がそこそこに配備され、氷況等の航海上必要な情報が質量共に充分提供される体制が整って初めて航行の保全が保たれる。NSRでは、このようなインフラストラクチャー整備については、そのあるべき姿や整備のシナリオは大略完成してはいるものの、予算の裏付けのある具体的な整備計画については確かなものがない。人工衛星情報に基づく商業ベースでの氷海航法では、更なる極軌道衛星の打ち上げの必要性もあり、情報提供システムや通信システムの基盤整備面で問題がある。
支援砕氷船の運用形態については、支援要請のプロセス、待機時間の問題や経費面で問題が残っている。少なくとも、これらの基盤整備が完成し、運用面でも西欧社会に馴染めるシステムが採られることになれば、NSRにおける航行支援システムについての懸念は払拭される。
昨今のロシア国情から見れば、NSR啓開に合わせて新たに理想的な砕氷船団を建造整備する状況にはなく、現有の砕氷船団を基準に商船運航を考え、航行支援システムを検討することになる。NSR船舶の運航頻度が増せば、支援砕氷船の新造も採算ベースに乗り、航行支援システムについても、新たなシステムの構築が可能となることは言うまでもない。