四 争点(2)
次に争点となったのは、B、C及びA市消防職団員の故意若しくは重大な過失の有無であった。
まず、国家賠償法と失火責任法との関係について、裁判所は次の判断を示している。
「公権力の行使に当たる公務員の失火による国又は公共団体の損害賠償責任については、当裁判所も国家賠償法四条により失火責任法が適用されるものと解する(最高裁昭和五三年七月一七日第二小法廷判決)。したがって、A市は、右被告らに故意がある場合は当然損害賠償責任を免れることはできないが、故意がない場合は同法の適用によって右被告らに重大な過失が認められない限り、原告らに対し損害賠償責任を負わないこととなる。」
次に重大な過失の有無について、裁判所は次の判断を示している。
「ところで、本件二次火災が本件一次火災の残火の再燃によって発生したものであることは、当事者間に争いがなく、右再燃は、本件一次火災によって生じた地中火が強風ないし突風によって発煙、発火したものであること、右地中火は、地表火が鎮圧されても消火されずに強風ないし突風によって容易に発煙、発火し、再燃の原因となり得ること、したがって、地中火が完全に消火されない限り再燃の危険が存すること、しかし地中火を完全に消火するためにはかなりの期間を要することは認定の事実に照らして明らかである。」
そこで、裁判所は、B、C及びA市消防職団員の故意若しくは重過失の有無について検討した。その結果は次のとおりである。
「A市災害対策本部の本部長をしていたBらは、昭和六二年四月二三日の午後四時一五分頃には本件一次火災が鎮圧されたものと認められる状態になった上、風速も弱まって最大風速が八メートル前後となり、実行湿度も七四パーセント台となったことから、なお引き続き残火処理を行い警戒体制を維持することは必要であるものの、再燃による二次火災発生の可能性は極めて少なくなったものと判断し、本件火災が市街地に近く住民の不安が高まってきていたことから、速やかにその不安を除去し民心の安定を図る必要も考慮して、同日午後五時五〇分未だ鎮火状態にまで至っていなかったものの鎮火宣言をなしたものであり、また右以降さらに風速が弱まり最大風速が二ないし六メートル程度となり、翌二四日午前九時頃には〇・五ミリ程度の降雨があったことから、その頃から風速が強まってきてはいたものの、再燃による二次災害発生の可能性はなくなったと判断し、同日午前九時一五分A市の災害対策本部を廃止したものであることが認められ、右事実に照らすと、BやA市消防職団員において、未必的にせよ地中火という残火により本件のような大規模な山林火災が発生し原告ら所有山林等が罹災する事態(結果)まで認識していたとまでは到底認めることができない。」
そして、重大な過失について次の判断を示した。
「そこで、次に重大な過失の有無について検討するに、右に重大な過失とは、通常要求される程度の注意すらしないでも、極めて容易に結果を予見できたにもかかわらず、これを漫然と見すごしたような場合を指すのであるから、結局はほとんど故意に等しいと評価されるべき著しい注意欠如の状態をいうものと解される(最高裁昭和三二年七月九日第三小法廷判決)。そして、本件では、消防職団員及び市長や助役兼消防長としてその消火活動等を総括しあるいはそれを補佐する立場にある者の過失が問われているのであるから、本件の予防、鎮火などを職務としこれに関する知識と技能を習得している者に求められる高度の注意義務を基準として、注意の著しい欠如があるかどうかを判断すべきである。
以上の見地にたって検討するに、山林火災の場合の地中火という残火による再燃火災が発生する危険性があることは、B、C及びA市消防職団員においても、そのことを十分認識していたと認められ、そして、四月、五月は気象的に山火事前線という言葉があるほど山火事の頻発しやすい時期で、県内の主な火災例を見ても右期間の山林火災が多いこと、昭和六二年四月一二日から連日県下全般に火災気象通報である強風あるいは異常乾燥注意報が出されており、盛岡気象台の同月二二日午後九時五〇分発表の予報では、強風注意報は解除されているが異常乾燥注意報は継続して出されており、同気象台同月二三日午後八時四〇分発表の予報では、右二つの注意報が出されて、翌二四日早朝から西よりの風が強まり、突風の吹くおそれもあるとされていたこと、本件火災現場はもともと海に突き出た半島部で地形的に突風が起こりやすい地域であったこと、山林火災は強風ないし突風による飛び火や樹冠火によって火の回りが早いところ、本件火災現場は、傾斜地や急傾斜地が多く、道路があっても道幅が狭く通行できなかったり、消火用水の確保が困難なため、消防車等の車両を用いた機動的な消火活動が困難な地域であったことが認められ、これらの事実を合わせると、右二三日の気象台の予報があった時点はもとより、鎮火宣言時においても、右被告ら及び右消防職団員は、本件一次火災の残火である地中火の再燃により二次火災が発生し、本件のような大規模な山林火災となって原告ら所有山林等まで罹災する結果を予見することは全く不可能ではなかったというべきであって、火災から住民の生命、身体及び財産を保護することをもってその職務とする右被告ら及び右消防職団員において、右結果を予見すべきであり、右結果発生を回避するために必要な措置を講ずべき注意義務があったものといわなければならない。
しかるところ、B、C及びA市消防職団員は、地中火により再燃火災が発生する危険があることを十分認識していながら、当時の気象状況等からその再燃による二次火災発生の可能性は極めて少ないものと軽信し、Bを本部長、Cを副本部長とするA市災害対策本部において四月二三日午後五時五〇分未だ鎮火状態にまで至っていなかったにもかかわらず鎮火宣言をし、さらに翌二四日午前九時一五分災害対策本部を廃止した。」