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消防実務に関わる紛争事例解説

全消会顧問弁護士 木下 健治

 

消防行政をめぐる紛争は、消防行政の各部門で発生している。そのうち、救急紛争事例については、「ほのお」九四年七月号で、防火管理指導については、同九五年七月号で、火災原因調査については、同九七年二月号及び九月号で解説したところである。今回は、警防活動に関する紛争について解説したい。なお、意見にわたる部分は、筆者の個人的見解である。

 

事例一 山林火災で再燃火災になった事例

(事例紹介)

山林火災で、再燃火災になり、消防当局が国家賠償責任を追及され、訴訟になった事例があるので紹介する。

 

(事例内容)

一 事件の概要

この事件は、一度火災が鎮圧された後に、再燃した山林火災によって立木の焼損等の損害を受けた者が原告となり、訴訟提起をした事件である。

その理由とするところは、この再燃火災は、右火災当時A市の市長等の地位にあって消火活動等の最高指揮者等であった者や消防職員及び消防団員(以下「消防職団員」という。)が、その公権力の行使として消火活動等をするにあたり、故意又は重大な過失があったことに原因があるとして、A市や当時の市長等を被告として、国家賠償法等による損害賠償請求をしたものである。

裁判所は、原告の請求を棄却した〔盛岡地方裁判所平成八年一二月二七日判決(全国消防長会会報五七八号平成一〇年五月号発行)〕。

以下、事件の内容について詳説する。

 

二 本件火災の発生と再燃

(一) 昭和六二年四月二二日午後三時頃、A市所有の山林から出火し、山裾から稜線に向け燃え広がった(以下「本件一次火災」という)。

(二) 右火災は、同日午後三時一一分に覚知され、A市は右火災発生に対処し、同日午後三時二〇分に災害警戒本部を設置し、同日午後三時三〇分、Bを本部長、Cを副本部長とする災害対策本部に切替え、県を通じて自衛隊に救援派遣を要請するとともに、A市所属の消防職団員約八〇〇人を動員して消火活動にあたった。

(三) A市は、右消火作業の結果、翌二三日午後四時一五分頃右火災を鎮圧し、それに伴って自衛隊の撤収要請を県に依頼した。同日午後五時五〇分には未だ消防庁長官通知の鎮火と認められる状態には至っていなかったものの、鎮火を宣言してその旨放送し、翌二四日午前九時一五分災害対策本部を廃止した。

(四) ところが、その直後の同日午前一〇時頃、残火の再燃による火災が発生し(以下「本件二次火災」という。なお、本件一次、二次火災全体を「本件火災」という)た。その後間もなく本件二次火災が覚知されて同一〇時五五分災害警戒本部が設置され、次いで同一一時三〇分災害対策本部が設置されて、再度自衛隊の救援を受け消防作業がなされた。しかし、本件二次火災は、同日午前一〇時頃から吹き出した強風に煽られて、山裾から東方向の海岸線に向け燃え広がって翌二五日午後五時に鎮圧されるまで燃え続け、原告ら所有の山林等が被害を受けた。

 

三 争点(1)

この事件では、まず争点となったのは、B及びCの個人としての損害賠償責任だった。

これについて、裁判所は次の判断を示して、B及びCの個人責任を否定している。

「原告らは、B、C個人も民法七〇九条に基づいて損害賠償責任を負うべきであると主張するけれども、原告らにおいて故意若しくは重大な過失ある行為と主張する右被告らの行為は、いずれも国家賠償法一条一項にいう「公権力の行使に当たる公務員」の職務行為に該当すると解されるところ、国家賠償法一条の法意に照らすと、公権力の行使に当たる公務員が、その職務を行うにつき故意過失ある行為によって他人に損害を与えた場合は、専ら国又は公共団体がその賠償責任に任じ、行為者である当該公務員個人は他人に対し直接に民法七〇九条による賠償責任を負わないものと解するのが相当である。」

国賠事件について、公務員個人の責任を否定するのは、最高裁の判例(最高裁判所昭和三〇年四月一九日第三小法廷判決、昭和五三年一〇月二〇日第二小法廷判決等)である。その理由は、公権力の行使にあたる地方公共団体の公務員が、その職務を行うについて、故意又は過失によって違法に他人に損害を与えた場合には、当該地方公共団体がその被害に対し、賠償の責に任ずるのであって、公務員個人は、責任を負わせないとするものである。

この点についての本件判決は、妥当な判決である。

 

 

 

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